2016/11/06

秋晴れの日に。

今日は、まさに「秋晴れ」というにふさわしい日でしたね。

そんな日、午前中 仕事でした。shock

だいぶ疲れが溜まってきましたね。

sun

さて、午後はちょっとだけベンリィで出かけました。

父が亡くなった病院へ「死亡証明書」という書類をいただき行ったんです。

その病院は浜松の市街から随分外れに位置し、小高い山の上にあるんです。

天竜川を北上していくルートになり、「ちょっとツーリング」にはもってこいの場所なんですよ。

天気もいいので、ツーリングがてらバイクで行くことにしたんです。

Dsc_1519_2奥に見える山の頂上が病院になります。

風防とレッグシールドを付けたので、前からの冷たい風も心地よいです。

1222
歴史のある国立病院、大昔は結核病棟として人が寄り付くこともない病院だったそうです。

宮崎 駿 監督の映画、「風立ちぬ」をご覧になった方は解ると思うんですが、昔は「結核」というと他の人に感染しないように、人里離れた静かな山の上の病院に隔離され、治療されていたみたいですね。

映画では、主人公の奥さんが結核で入院していました。

でも、現在のこの病院は、昔のようなそんな暗いイメージはないです。

父はここに転院してわずか6日で旅立っていきました。

前の病院でひどい扱いを受けたていたらしく、父も「早く出たい。」と思っていたのではないか思われる事がいくつかありました。

転院して直ぐの頃、見舞いに行った帰り際に父が私に問いかけました。

「もう、ずっと ここか・・・・?」

「そうだよ。」

と私が答えると父は、安心したように目をつぶりました。

「治療と銘打って、前の病院では苦しい事ばっかりされていたんだろうな・・・。」

そんな事を直感的に思い、もっと早くにこっちの病院に転院していればよかったと後悔しました。

その3日後、父は逝ってしまいました。

でも、長年見てきた天竜川を見下ろすこの場所、そして小鳥の囀りさえも聞こえるような静かな病室で人生の最期を迎えることができたことは、よかったんじゃないかなと思っています。

むしろ、父はそれを望んでいたのかもしれません。

今月末、四十九日の法事があります。

仏教では、人が亡くなってから49日間は現世に残り、生前お世話になった人達にお別れの挨拶をしていると言われています。

本当の「お別れ」となるのは、葬儀の日ではなく、四十九日なんですね。

確かに私は、父がまだ近くにいるような感覚があります。

きっとまだ見ていてくれてるんだろうな。

今日は親父のおかげで いいツーリングができたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/10/30

いろいろ大変なんですよ。

ウチのせいではないんですが、仕事で緊急対応に追われています。

昨日の土曜日も出勤しました。

本来ならば喪に服し、家族で亡き父の思い出話でも ゆっくり語り合いたいところなんですが、そうもしてられないんですよ。

cloud

朝、曇っていたんですがちょっとバイクいじりをしました。

経年劣化でレッグシールドが割れてきたので修復作業です。

Dsc_1505_2
とりあえず、「割れ」が進行しないように金具で固定しました。

Dsc_1506_2
表から見るとこんな感じ。

何か妙なので、ボルトの頭を白く塗りたいと思います。

それと、見栄えは悪いんですが、

Dsc_1510_2ヒビ割れた所をハンダ小手で溶かして修復するんですよ。

意外とガッチリ修復できました。

コレが最も得策かもしれませんね。

でも見栄えは悪いです。

Dsc_1508_2これで冬仕様の完成です。

ああ、コレも忘れずに!

Dsc_1509_2
兄にもらった「HONDA」のステッカーをスクリーンに貼り、純正っぽくしました。

冬よ、かかってきなさい!

ああ、それと先日、YAMAHAのSRの純正中古シートを格安入手しました。

Dsc_1511_2
ベンリィに付くかどうかも判らない状況で またしても見切り発車です。

でも、NETで見るとベンリィにSRのシートを付けてる人いるんですよね。

このシートも「魔法のシート」と言われるベンリィのシートと同じく快適な座り心地らしいんです。

とりあえず、「YAMAHA」のエンブレを外して「HONDA」のエンブレですね。

sun

午後は晴れ間がのぞきました。

実家へ行って父のクルマ 「ラクティス」 を動かしました。

マニアの間では、「100系ラクティス」と呼ばれているそうです。

R洗車もして内装の掃除もしました。

掃除をしながら、

「もっと親父が生きてる時に洗車してあげればよかった。」

と後悔ばかりが先立ちました。

「こんな小さな事でも、親孝行だったんだな・・・。」

と今更ながらに「親孝行」の意味と大切さを知ったような気がします。

とりあえずこのラクティスは、しばらく私が通勤等で乗る事にしました。

やっぱ親父がいなくなったから直ぐに手放すという気になれないんです。

母と兄も承知してくれました。

もう「遺産」という扱いになるので承諾も必要なんですよ。

ただもう価値的には10年選手なので「零」だそうです。

めっちゃいい走りをするので正直もったいないです。

memo

え?モディファイ?

合うホイールどっかにないかなぁ。

やってもそれぐらいでしょ。

ホイールカバーを外して、鉄チンのまんまで乗るのもデイトナっぽくてカッコいいかも。

親父、ちゃんと乗るからね!

happy01

どうでもいい事なんですが、倉庫内(ガレージ内)のバイクの置き順を変更しました。

Photo倉庫(ガレージ)が狭すぎて、ベンリィにレッグシールドを付けて時に積んであるタイヤに当たってしまうんですよ。

もうこの倉庫(ガレージ)も限界かなぁ。

いよいよ、バイク小屋施工に着手しようかな。

Dsc_1513_2
既にコレクション化している「ガレージ本」で、目下研究中!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016/10/23

秋冬の支度。

この時期は急に寒くなったり、急に暑くなったりと体調の管理が大変です。

年々「秋」という季節が短いものになっているような気がします。

そんなおり、冬も直ぐにやって来るだろうという事でベンリィもそろそろ冬支度しておくことにしました。

以前、私のベンリィは風防を付けていました。

2222_3以前タイトルバックにもしていましたね。

もちろんそれはフリマで手に入れた何の車種用とも判らない代物。

それを創意工夫して付けていた訳です。

しかし、やっぱりそれには限界があり、犠牲にする部分もありました。

サイドミラーのボルトを利用してステーを取り付けるので、風防の角度にあわせてブレーキレバーやクラッチレバーの位置を決めざるを得ない状況でした。

なので長距離を乗ると、クラッチ操作する左手首が痛くなってくるという問題が発生し、結局外してしまったんですね。

でも、冬場のライディングでの風防の活躍ぶりは充分周知しているので、今回はこれを復活させようというのが今年のベンリィ冬バージョンです。

Dsc_1490_2今回は、「ライポジ重視!」という事をテーマにしていますので、クラッチレバー、ブレーキレバーの位置は一切変更する事無く、ステーと風防を合わせていきます。

かなり前にハーレー用ということで入手したアクリル製のスクリーンを貧乏性で捨てずに取っておいたので今回はそれを使うことにしました。

サイズ感と形がイメージと少し違うので、ノコギリで切り出します。

Dsc_1491_2樹脂用ノコギリ、やっぱ違いますよ。

木工用のノコギリに比べると全然バリが出ないし、切り口がキレイです。

Dsc_1493_2失敗が無い様に何回も仮置きして位置を決めていきます。

若干、風防が前のめりになっているので、ステーを強引に曲げて調整していきます。

イメージでは、垂直からほんの少し後ろ倒しになっているぐらいです。

Dsc_1494_2取り付け位置が決まったのでそれに合わせて穴開けです。

木工用のドリルにはセンターが付いているので、柔らかい物に穴を開ける時は木工用ドリルがいいですね。

Dsc_1495_2画像だと少し前のめりに見えますが、若干後ろに倒れてます。

でもちょっと「幅、広すぎじゃね?」と言う人もいるでしょう。

これに合わせたんですよ。

Dsc_1497_2ベンリィには「レッグシールド」という物が付いているんですよ。

なかなかの出来映えだ。

Dsc_1496_2メッキモールが転がっていたのでちょっとアレンジして完成です!

これで今年の冬は寒さ知らず?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016/10/16

エアフェスタ2016

今日は浜松基地で「エアフェスタ 2016」がありました。

昨年は雨天で中止でしたので事実上、2年ぶりの開催になります。

当初は喪に服すため、観覧を自粛しようと兄と話をしていました。

でも、「この落ち込んだ気持ちを少し上げたい。」という気持ちがあり行くことにしました。

それと、何にしても父は空を見上げて飛行機を見るのが好きだったそうなので、「父のためにも行こう。」という事になりました。

私は父の写真を持って浜松基地へいきました。

Varwwwclientsclient1web2tmpphpyle7d

親父、見上げてみな 飛行機 飛んでるよ。

青い空に爆音を上げてF-2が舞いました。

Varwwwclientsclient1web2tmpphph9cljいつも目的は、F-15を見る事です。

Varwwwclientsclient1web2tmpphpzqlfn地上展示も充分楽しめます。

Varwwwclientsclient1web2tmpphpxv0qr


Varwwwclientsclient1web2tmpphpr8l3j


今回は午前中のみの観覧、午後のブルーインパルスはパスさせていただきました。

やっぱどこかに自粛の気持ちはあり、心底「楽しもう」という気持ちにはなれませんでした。

でも、親父は楽しんでくれたかなぁ。

では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/10/15

無題。

2016年10月15日。

秋の風が心地よく吹き やわらかな日差しが私に何かを語りかけているようだ。

そんな今日、父の葬儀が行われた。

今日という日は、私の人生にとって、もっとも重要であり、悲しい日でもあった。

昨夜のお通夜では、想像以上に多くの方々が父に会いに来てくれた。

もう感謝の言葉もなかった。

「勝気で頑固、家族や人の意見など聞かない職人気質の父」

家族は今まで、「親父はそういう人なんだ。」と理解し長い年月を過ごしてきた。

それゆえに、「きっと参列して下さる方も多くはないだろう。」と正直思っていた。

しかし、事実は全く逆だった。

親父の死後、家族である我々が全く知らなかった事実がたくさん出てきたのだ。

参列して下さるほとんどの方が口々に、

「優しく 面倒見のいい人だった。」

と言い、たくさんのエピソードを教えてくれた。

それを聞いた我々はその時、本当の親父を知ったのだ。

「親父は、人に優しく 暖かい人だった。」

そんな一面を家族には決して見せなかった親父。

不器用であり、もしかしたら 照れくさかったのかもしれない。

そんな親父を思うと 涙が止まらない。

crying

親父と母は、いつも喧嘩ばかりしていた。

一言話せばすぐに喧嘩だ。

でも、親父の友人が教えてくれた。

「ご主人が家に来てくれた時、奥さんにすごく感謝してるって言っていたよ・・・・。」

知らなかった。

母も知らなかった。

それまで五十数年、いがみ合った事のすべて帳消しになった瞬間。

そしてそれは、私が思っていた通りの親父だった事を確信した瞬間でもあった。

遺影の写真は、「コレだ!」と思い、私が選んだ。

その写真を見た参列者の方々は皆、

「優しい笑顔で ホントにいい写真だね。」

とおっしゃってくれた。

優しさに満ち溢れた その笑顔の写真。

きっとそれは、本当の親父を写し出した貴重な一枚だったのかもしれない。

もしかしたら 親父が「コレにしろ!」と言っていたのかな?

sun

親父が入院中の時、呼吸もままならない状態の中で母に言ったそうだ。

「おまえら・・・・ 仲良くやってけよ・・・・・・。」

母もその時はまだ親父が死ぬなんて思っていないから、

「なに言ってんの!」

という感じだったようだ。

でもそれは親父がプライドも何もかも捨て、すごく頑張って母に言った”本心”だったような気がする。

母だけに言ったのは、きっと子供である我々兄弟に弱い所を見せたくなかったのだろう。

私の中ではこの言葉こそが、親父が残してくれた最後の言葉だと理解している。

残された我々家族は、この親父の言葉を胸に生きてゆくのだ。

やっぱり親父は、家族の事をちゃんと考えてくれている

優しい人だったんだな・・・。

sun

ああそうか、今日のやわらかな日差しは、

親父だったのかもしれないな・・・。

「おまえら、仲良くやってけよ!」って・・・・。

                         2016年10月15日     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«夜霧よ今夜もありがとう