BRUCE LEE 

2017/06/24

友よ、水になりなさい。

先週、地元のブログ仲間 まさたみさんより、ある情報をいただきました。

リーズナブルな価格でカジュアルな服を提供してくれるアパレルメーカー「GU」で、

なんと、ブルース・リー先生をデザインしたTシャツが販売されているというではありませんか!

本日は休日でしたので、早速行ってきました。

地元の大型ショッピングモールに「GU」が入っていますので、何の迷いもなくそこに直行しました。

お目当ての「ブルース・リー Tシャツ」のコーナーに行くと、そこに作業服姿の一人の男性が真剣な面持ちでブルース・リー Tシャツを見ていました。

年の頃なら、おそらく私と同年代。

やはり、この年代の男性の心には、ブルース・リーが生きているのでしょう。

しかしその男性が あまりにもハマり込んで見ているので、私がなかなか見れません。

3分程経って やっと空いたので 今度は私がハマり込んで見ました。

デザインは4種類あるようでした。

Daa1dbuxkaabd1x色違いもあるようでしたが、遅かったのか あまり色違いはありませんでした。

月末であまりお金が無いので、気に入ったヤツを一枚だけ買うと決めていました。

迷わずコレにしました。

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先生が私に残してくれた言葉です。

「BE WATER,MY FRIEND.」

「友よ、水になりなさい。」

S_dsc_0601202先生のお顔も さりげなく入っています。

このTシャツ、正直 かなりマニア向けかと思われます。

先生の名言で有名なのは、

「Don’t think feeeel!」

「考えるな 感じるんだ。」

になると思うんですが、あえてそれをチョイスせず、「友よ、水になりなさい。」をチョイスしているんですね。

これはなかなか ツウです。

あと、襟の内側にプリントされているこのマーク、

S_dsc_0602202この意味は、

「無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す」

森羅万象 陰と陽

この二つが永遠に回り続ける。

という意味なんです。

先生の拳法「ジークンドー」のマークですね。

これをデザインに盛り込んだところ 実に憎い!

他のデザインも決して悪くないのですが、ちょっとミーハーっぽい感じがしますよね。

明らかに「ブルース・リー」って感じですもんね。

購入後、「GU」の袋を持ちながら店内の通路を歩いていると、やっぱり自然とブルース・リーの歩き方になってしまいますよね。

私ももうブルース・リーになって40年以上になりますから、日常の全ての動きをブルース・リーの動きで生活することができます。

think

皆さん、

( ゚д゚)ポカーン

だと思いますので、最後にブルース・リー先生の名言、

「BE WATER, MY FRIEND」

の解説で閉めてまいります。

とてもいい話なので ここだけは真面目にお読みください。

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友よ、水になりなさい。

あなたの知らない ブルース・リー

book

頭の中を「空(から)」にすることが大切である。

すなわち それは「水」の如く・・・。

水は柔らかく、しなやかであり、形を持たない。

カップに入ればカップの形になり、ティーポットに入ればティーポットの形となる。

変幻自在だ。

そして水は、とてつもない力を持っている。

時には重く動かない物をも動かし、そして時には岩をも砕く。

更にその力は、流れていれば永遠に続くのだ。

友よ、水のようになるんです。

リー先生が残してくれた言葉を、私なりに訳した文になります。

先生は元々、日本の剣豪 宮本武蔵 をリスペクトしていました。

先生は宮本武蔵の書いた兵法の書「五輪書」を愛読してしていました。

そう、「水になりなさい」とは何を隠そう、この五輪書の「水の巻」から来ているのです。

先生は、俳優である同時に武術家であったことは周知のことですが、実は哲学者でもありました。

「友よ、水になりなさい。」

これは決して戦いにおける心構えだけを指しているのではありません。

先生は哲学者として、人生における 生き方をも説いているのです。

邪念を捨て、常に心の中を「無」にして生きること。

決して形に囚われることなく 柔軟な心で 問題に対応してゆく。

少しづつでも構わない やり続けることが大切だ。

やがてその結果は 自らにとって大きな力となってゆくだろう。

そしてその大きな力を手にした時、心の調和と平穏がとれている自分に気が付く。

それが「幸せ」であり、「生きている」という事なのだ。

友よ、水のように生きるんです。

先生の言葉を私なり解釈した文になります。

子供の頃、ブルース・リーに憧れる少年はたくさんいました。

でも、大人になるにつれ その憧れは薄れ、消えていく者がほとんどでした。

それはその人達が、ブルース・リーという人物の一部分、表面だけを見ていたからに他なりません。

華麗なアクション、独特な叫び声、そればかりが先走ってしまい、本当の人物像を見逃していたのです。

しかし、私は幸いにもブルース・リーという人物の持つ思想に興味を持ち、それをキャッチすることができました。

ですから今、この歳(51歳)になっても ブルース・リーを崇めているのです。

7月20日、間もなくブルース・リー先生没後44年になります。

みなさんもこれを期に、ブルース・リー先生の名言を紐解いてみてはいかがでしょうか?

きっと人生のお役にたつことと思います。

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2015/06/11

人間50年。その一歩手前。

腹こわし、便所に駆け込むこと の如く、

宗教団体の訪問勧誘に息を潜め、居留守を使うこと の如く、

新聞紙を丸め、ゴキブリと格闘すること の如く、

「掃除をしろ!」と奥さんに言われても、簡単に動かないこと の如し。

信玄様、「風林火山」実践してます。

これで私も「甲斐の虎」になれるでしょうか?

ちなみに「インドの虎」は、タイガー・ジェット・シン。

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さて、こんな私ではありますが本日、誠に恥ずかしながら、49歳の誕生日を迎えるに至りました。

これもひとえに、ブルース・リー先生のおかげだと思っております。

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先日、BSプレミアムの「アナザーストーリーズ」という番組で、ブルース・リー先生の事をやっていました。

会社の若い衆に、「観なさい。」と進言したにもかかわらず観ていませんでした。

私ももう49歳。

そろそろ、「ブルース・リー信者」の後継者選びをしなければならないと考えていただけに、会社の若い衆がブルース・リーに興味を示さなかった事、誠に遺憾です。

そんな中、ある番組で放送された若干5歳児の動画の事を思い出しました。

その少年を観た時、「安心した。」という感覚がありました。

「後継者がいた!」という感覚です。

この少年がいる限り、我、ブルース・リー先生は、永久に不滅です。

では驚愕の、その動画をごらんください。

(背後のテレビ画面にも集中。)

下のURLをクリックするか、動画タイトルをクリックしてYOU TUBEに飛んで下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=Jn-5Q3fYAGM

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2013/09/15

その風の音は、台風の音ではなかった・・・。

今日は、近づきつつある台風の影響で、天気が良くなかったので、久々に自宅に引きこもりました。

午後、娘と孫が遊びに来てくれたので、いい気晴らしになりましたね。

昨日フリマで、チョイキズですが、キレイな子供用乗車玩具「カルソニック・スカイラインGTR」が1500円で出ていました。

Bqz01604manabu0613222img600x4501371 こういうの。

「いいなぁ、でもまだ孫には早いかな・・・。」

と思いつつ、悩みながら会場二週目に見たら、子供をつれた若夫婦が値切って1000円で買っていきました。

やっぱフリマは、「思った時が買い時」という事なんですね。

そういう意味でも昨日買ったヌンチャクは、正解でしたね。

ハハハ・・・。

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ついでなんですが、ちょっとヌンチャクについてお話しておきましょうかね。

暇だし・・・。

興味に無い方は、どうぞスルーで!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「ヌンチャク」

最近では、ゲーム機のコントローラーでこの名が使用され、そちらのほうで馴染み深い方もいるだろう。

200_006 「ヌンチャク」の語源は、実はよく解っていない。

発祥は「琉球古武術」だという説が最も信憑性が高い。つまり現在の沖縄県、ヌンチャクは元々は日本の物だったのだ。

ただ、これには諸説あり、「中国から沖縄に伝わった説」、「フィリピンで発祥した説」なども実際に存在する事も無視はできない。

事実、中国では「双節棍」という名称で古来から酷似した物が存在していた。また、フィリピンでは、フィリピン武術の「カリ」の技の中に「タバク・トヨク」という名称で存在している。

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ヌンチャクを考え出したのは、庶民では無かった。

馬に乗り移動する貴士族は、裕福な場合が多く、しばしば、金銭目当ての山賊のような悪人から襲撃を受けることがあったそうだ。

自らの身を守るため、貴士族達は、てぬぐいを湿らせて武器にしたり、またてぬぐいの中に石を入れて武器にしたりしていたそうだ。

そう、これがヌンチャク発祥の根源なのだ。

遠心力を利用して威力を倍増させ武器とするこの技法、それはまさに、ヌンチャクの理論そのものである。

ただ、このヌンチャクの役割は、「刀」のように腰にぶら下げて相手を威嚇するという意味で使われる事は無く、むしろ懐や袖に隠し持ち、「隠し武器に徹する」という形をとられてきた。

それ故に、ヌンチャクの技法や技術など、この武器に謎が多いというのもうなづける事なのだ。

「ヌンチャク」という名称が世に広まったのは、やはりブルース・リーの功績が最も大きいところだろう。

41m5w3tnkl__sl500_aa300_ かつて、「グリーン・ホーネット」というアメリカのテレビ映画があった。

Kato ブルースが初めてヌンチャクを手にしたのはこの時だ。

ブルースは、主人公に遣える日本人の召使い兼ボディガード役「カトー」を演じ、その中で、ヌンチャクを手にして戦うシーンがあった。ただこの頃は、手に持って戦うだけの小道具でしかなかった。

本格的に武器として登場したのは、1972年の作品、「ドラゴン怒りの鉄拳」である。

Fistoffury13 目に見えない程の速さで見たこともない鎖で繋がれた二本の棒を操り、床に這いつくばって敵を倒していくその姿に、世間は驚いたことだろう。

日本ではちょっと事情が違う。1973年、「燃えよ ドラゴン」がブルースの日本初登場になったため、「燃えよ ドラゴン」でのヌンチャクアクションが日本では初見だったのだ。

当然の事ながら、日本もそのヌンチャクに驚き、狂気した事はいうまでもない。

ブルース・リーのヌンチャク技術は、完全な独自の技法である。沖縄のヌンチャクの使い方とは全く異なる技法を使っている。

ブルースの技法は、フィリピン武術カリの第一人者、ダン・イノサント氏が伝授したとされている。

1978年ブルースの遺作ともいうべき作品、「死亡遊戯」の中では、ブルースとイノサント氏とのヌンチャク師弟対決が見られる。確かに見るとその技法は同じだ。

Lee701 ただ、ブルースは、このヌンチャクを武術の武器としては考えておらず、映画意外では使用していない。

つまり、俳優として作品をおもしろくするために習得したのだ。

この「映画中でヌンチャクを使う」というアイデアは、日本のアクション俳優、倉田保昭氏がヒントを与えたという本人説がある。

Blue 倉田氏は当時の香港では、日本人悪役として活躍する有名な俳優であり、当然ブルースとも何度か会っている。その中で、倉田氏が日本から持ってきたヌンチャクをブルースが手に取り遊んでいるうちに、

「これ映画で使えないかな?」

となったそうだ。事実だとすれば、大変誇りな事である。

その後、ヌンチャクはブルースの代名詞的な存在にもなり、「怒りの鉄拳」以後の作品すべてに登場している。

特にファンの間で評価の高いのは「ドラゴンへの道」でのヌンチャク・アクションである。

7cad34ba4eb3a45d7fc225b838c185b0 敵の人数が増えると、1本のヌンチャクから2本のヌンチャクに切替え、ダブルヌンチャクで対抗したり、対ナイフ戦、対拳銃戦など様々な使い方をしている。

Img_1279408_62534897_1 ブルースが映画で使用するヌンチャクは当然撮影用である。柔らかい素材で作られた物、や柔らかい物を巻いた物などが存在した。

こうしてブルースは、手足を使った拳法という武術のみならず、ヌンチャクという武器も世界に知らしめた。この功績は、誰もが納得するものだろう。

私も47歳、ブルース・リー先生に出会って、もう40年。

つまり、ヌンチャク歴もそれに匹敵する期間になる。

その先生との出会い、ヌンチャクとの出会いが、少年だった私にどれだけ影響を与えた事か。

以前、あるテレビのバラエティ番組で、「40代~50代の男性は全員ヌンチャクができる。」という事を検証したことがあった。

やはり、全員がそこそこできた。

それは、男である以上、誰もが心の中にブルース・リーという偉大な男が存在している証なのだ。

そして、今夜も私の自宅では、風を切り裂く鎖の音が、台風にも負けず鳴り響いている。

「考えるな、感じるんだ。」

先生の教え、その言葉の極意を知るために・・・・。

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2013/07/22

カンフーニュース。

ちょっと日にちが過ぎてしまったんですけど、先日7/20はブルース・リー先生の命日だったんですよ。

没後、もう40年になるんですね。

Enterthedragon32 それでも先生の人気は、いまだ衰えることもなく続いています。

正に伝説、カリスマです。

先日、WOWOWでブルース・リー特集やってましたね。

兵庫の拳法家、バタコさんもご覧になっていたようです。

私の自宅はWOWOWが映らないので、兄貴に録画を頼みました。

もちろん先生の作品は、全作品DVDを所持しているんですが、テレビで放送されるのは、微妙に違うバージョンであったりする場合があるんですよ。

LEE信者としては、これを見逃してはいけないんです!

Bruceetdhanishurting 没後40年を記念して、先日、「燃えよドラゴン」のBDが新たに発売されました。

Whv1 これにはファンの間で珠玉の日本語バージョンとして人気がある「富山 敬バージョン」が収録されているんです。そうブルース・リーの声を、今は亡きあの富山 敬さんがアフレコしているんです。

これは、30年以上前に、日曜洋画劇場で放送された時の音声なんですよ。

ビデオの無かった当時、私はその放送をカセットテープに音声だけを録音して、それを毎日聴き倒して、台詞を丸暗記していた、まさにそのバージョンです!

そうそう、「燃えよドラゴン」で思い出したんですが、「燃えよドラゴン」にウィリアムス役で出演されていた、黒人アフロヘアのジム・ケリーさんが、先月6/29に亡くなられたそうですね。

Img_1520623_64178266_0 「燃えよドラゴン」の後は、自身が主演した「黒帯ドラゴン」など数本に映画出演をしましたが、あまり作品にめぐまれず、プロテニスプレーヤーに転身されていたそうです。

享年67歳、ブルース・リー先生を知る方がまたお一人亡くなられました。

ご冥福をお祈りいたします。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

カンフーつながりでこんな情報も!

今、「夢をかなえる」と称して、キリン「のどごし生」というビールのCMをテレビやってますよね。

そのシリーズの中に「ジャッキー・チェンと共演したい!」というバージョンがあります。

15秒程のスポットCMは盛んにテレビで流れているんですが、コレ実は本格的バージョンがあるのご存知でした?

動画で見つけたので貼っておきます。

結構金かかってますよ!うらやましい!

これは私の夢でもあります!

私なんぞ、数年に1回、ホントの夢の中でカンフー映画やってる時がありますよ!最後には、ちゃんとエンドロールまで流れて「劇終」の文字まで出てきた事もありました。

もう病気かも・・・・。

ああ、動画の方は、我らがカンフーアイドル 「しょこたん」 もちゃんと出演してますよ。

ジャッキーの声もちゃんと石丸博也さんが吹き込んでいます。

う~ん、泣けるぅ!

では、二本どうぞ!

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2012/11/27

誕生日、おめでとうございます。

拝啓 ブルース・リー先生 mail

先生、ごぶさたしております。

そして、72歳、誕生日 おめでとうございます。

考えてみますと、私の母上は、先生と同じ歳なんですね。

奇しくも、私の母上も拳法家であります。

週二回、地元のつつじ公園へ原付スクーターで参上し、太極拳の修行をしております。

今では母上も、教本DVDを買うなど、達人の域に達しており、最近では、自らの趣味を取り入れ、編み出した拳法、「カラオ拳」の使い手でもあります。

私もその息子として、母上を誇りに思うと同時に、大変な刺激を受け、焦りすら感じている今日このごろです。

ところで今、コンビニでダイドーの缶コーヒーを買うと、先生が付いているのをご存知ですか?

全10種類。もちろん先生の意志を継ぐ私は、10種類コンプリートです。

1126 残念ながら、お顔は先生に似ていませんが、先生のスキの無い「構え」、そして華麗な「技」の数々は忠実に再現されております。

11261 ヌンチャクの妙技も忠実に再現。

それもそのはず、先生のお弟子さん、中村頼永先生が監修されてるんです。

11263_2 生活感漂うMD家のリビングで、先生の足刀蹴りが炸裂!

本当は、同じ物をもう1セット欲しいのですが、今月は財布の中身が厳しいので、先生には、大変申し訳ないのですが今回は1セットのみにさせていただきました。

では、また明日から修行に励みますので、どうか天空より、見守っていて下さい。

今度お会いできる日を楽しみにしております。

その時は、是非、ハイキックで私を蹴ってください。

11262オワチャー!

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2012/07/20

「死亡遊戯」の解説書

毎日暑いですね。夏本番といったところでしょうかね。

さて、本日は、以前から盛んに訴えていた日、ブルース・リー先生の命日なんですよ。

ブルース・リー作品の解説書も本日が最終回となります。めげずに毎回お読みいただいた方、感謝いたします。

「死亡遊戯」の解説書 (1978年 香港)

O0480064010241385787 ブルース・リーがこの世を去った5年後の1978年。映画史上、前代未聞の作品が公開された。

「GAME OF DEATH」、「死亡遊戯」である。

「燃えよドラゴン」の撮影に入る前に、ブルースは「死亡遊戯」の闘いのシーンだけを撮影した。だがブルースが他界し、映画は未完のままだった。ゴールデンハーベスト社がそのフィルムを買取り、それを元に一本の映画を作ったのだ。監督は「燃えよドラゴン」を撮ったロバート・クローズである。

E6adbbe4baa1e9818ae688af しかし、大きな問題がある。ブルースはもうこの世にいないのだ。主役の俳優が不在なのに、肝心な本編をどうやって撮影したのだろうか?

それは吹き替え(代役)である。ブルース・リーに容姿が似ている人物をオーディションで選出し、本編の大半は代役を使って撮影が行なわれた。映画史上おそらく初めての試みであろう。また、過去のブルースの作品から映像をチョイスしたり、随所に工夫は見られる。映画冒頭のシーンは「ドラゴンへの道」そのままであり、ブルースが銃で撃たれるシーンは「怒りの鉄拳」のエンディングシーンそのままである。

また、「死亡遊戯」というタイトル通り、ブルースは一度死んだと見せかけて、悪と闘うというストーリー。「見せかけの死」のためとり行われた葬儀のシーン、実はこの映像はブルースの本当の葬儀の映像が使用されており、ブルースのデスマスクまで拝むことができる。

ブルースも、まさか自分の死に顔が自分の映画で使われるとは思ってもみなかっただろう。

撮影は当然のことながら極秘で行なわれ、代役の俳優にすら作品のストーリーは告知されなかったという。

その代役は、少なくとも4名存在したと言われている。

アクションの大半は、韓国の青年、「唐龍タン・ロン」が務めた。「タン・ロン」は芸名(ドラゴンへの道から拝借した。)であり、本名はキム・テジョンという。アクションはそこそこできるが、正直、顔はブルースに似ていない。本人がブルースのファンということもあり、構えや仕草、闘い方はブルースをよく真似ている。昨年、58歳で亡くなったそうだ。

00080286e07a0a272d4617 これがタン・ロン。タン・ロンはその後「死亡の塔」、「シンデレラ・ボーイ」などに出演した。

日本でも有名なユン・ピョウも代役を務めた。ユン・ピョウは元々、アクロバット・スタントマンなので、宙返りやバック転などのシーンは彼が行なっている。

その他、サングラスをかけると似ている実業家、横顔が似ている青年など俳優ではなく、一般人も代役を務めている。

Moblog_36d80119s 実業家のそっくりさん。似てないでしょ。

だが、いづれの代役もブルースに似ていないので、観る側はストレスを感じる。それを隠すかのように本編は全体的に夜の場面が多く、暗い映像が続く。

また正面からのカットが極端に少なく、夜なのにサングラスをしていたりと、不自然に感じ部分が非常に多いが、それはやむを得ない事なのかもしれない。

しかし、本編がクライマックスに入り、黄色いトラックスーツを着た本物のブルースが登場すると、突然、目の前が明るくなったような気持ちになる。それまでモヤモヤしていた物が一気に晴れるのだ。

4547 そして代役とブルースとの違いがあからさまに出てしまう。スピードが極端に違うのだ。やはりブルースは凄いという事が再認識できる。

ブルース本人の姿が見れるのは、約12分間におよぶこのクライマックスの闘いである。実際には100分程のフィルムが存在しているのだが、諸事情により、この12分のみが使用された。

のちに、残りのフィルムは、日本のアートポート社が使用権を買い取り、2000年、「G.O.D. 死亡的遊戯」というタイトルで劇場公開された。

このラスト12分でブルース(本人)と闘った相手は3人いる。ビルの各階に武術の達人が待ち構えており、それらを倒さないと最上階にいる悪の大ボスを倒せないという、まさにゲーム的な設定が話題を呼んだ。

一人目はフィリピンの棒術師、カリの達人、ダン・イノサント氏。彼はブルースにヌンチャクを伝授したことで有名。また、ブルースから截拳道を受け継いだ人物でもあり、現在も現役である。

Dan01 パスカル役のダン・イノサント氏。彼もまた我々からすると”神”的存在だ。

二人目は、韓国合気道の池漢載(チ・ハンサイ)氏。映画ではブルースにあっさりやられるが、実はかなりの達人らしい。撮影後、「自分が弱く映りすぎている。」とブルースと不仲になったと言われている。「ドラゴンへの道」に出演していた、ウォン・イン・シクは彼の弟子にあたる。

Chi01 「G.O.D. 死亡的遊戯」では、かなり強い武術家に描かれている。

三人目は、アメリカのプロバスケット選手、カリーム・アブドゥール・ジャバール、通称は”ジャバ”と呼ばれ日本でも有名な選手だ。ブルースのアメリカ時代の弟子である。「死亡遊戯」撮影時、ちょうどバカンスで香港を訪れていたジャバをブルースが誘い、出演することになった。2m以上ある身長のジャバ対ブルースの対決は、武術的見地からしてもその戦い方に興味が注がれた。

O0441035012027928072 ジャバは一週間という短い撮影期間の中で、見事なアクションを披露した。映画史上に残る名シーンであろう。

過去の作品での怪鳥音はブルース本人の声を使用していたが、「死亡遊戯」では、初めて吹き替えで録音されている。英語版はセリフ怪鳥音共に、アメリカ人のクリス・ケント氏がアフレコしている。

ちなみにセリフの部分がブルース本人の声で聞ける作品は「燃えよドラゴン」のみであり、他の作品はすべて他人の声である。

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私、個人的にはこの「死亡遊戯」までが、正式なブルースの作品だと思っている。

その後製作された「死亡の塔」などは、あまりにもいいかげんな作りだったので認めたくないのだ。

ブルース・リーが亡くなって今年で39年。

今も世界のどこかで、彼の作品がリバイバル上映されている。

かつて、これほどまでに、人々の、いや、男達の心を動かした人物が存在しただろうか?

”カリスマ”という言葉がある。

その言葉はおそらく、BRUCE LEE のためにあった言葉なんだと私は思うのだった。

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2012/07/11

「燃えよ ドラゴン」の解説書

こんばんわ。

今夜もスルーな夜にしてください。

ブルースリー特集もいよいよ佳境に入ってまいりました。

ちなみに私の解説は、過去に出回った数々の資料をもとに、話の辻褄が合うように私自身がまとめています。過去の資料を見ると、本によって書かれてる情報が異なっていたり、誇張度合いが大きかったりするんです。ですから、私なりに、怪しい情報は、複数の資料を照らし合わせ、検証した上で解説しています。もちろん自信はありますが何分にも30~40年前の話なので不確かな情報もあるかもしれません。そこのところはご勘弁のほどを・・・。

さて、本日はみなさんお待ちかね、(別に待ってないか)

あの「燃えよ ドラゴン」の解説となります。

最後までお付き合いのほどを。

「燃えよ ドラゴン」 の解説書 (1973年 米・香港 合作)

2008062901

「Don't think feeeel !」

「考えるな、感じるんだ。」この言葉もテレビCMをはじめ、ドラマなどでも使われるようになった。この言葉は何を隠そう、この「燃えよ ドラゴン」でブルースが放った台詞なのだ。

4450 この台詞、実は続きがある。

「考えるな、感じるんだ。云わば指で空にある月を指さすのと同じだ。指を見るな指を見てはその先にある美しい物を見失ってしまう。」

思えば私がまだ少年だった三十数年前、この「指の先にある美しい物」を探す旅が始まったのだ。

邦題「燃えよ ドラゴン」、中国題「龍争虎門」、英題「ENTER THE DRAGON」。

外国映画を日本でヒットさせる為に不可欠なのは、インパクトのある「邦題」を与えることである。この作品もいろいろな案が出された。当時、テレビで「巨人の星」が流行っていたため、それにアヤかって「ドラゴンの星」というタイトルが色濃くなっていた。だが担当者は、どうもしっくりこなかった。

ふと自分机の上を見ると一冊の本が目に入った。

作家 司馬遼太郎の剣豪小説 「燃えよ剣」 であった。

410md28837l__sl500_aa300_ 「これだ!ブルース・リーのあの力強さは”燃えよ”なんだ!」

邦題「燃えよ ドラゴン」。もう誰も口を出す者はいなかったそうだ。

4871 日本公開は1973年12月、正月映画として公開された。公開前、日本で「ブルース・リー」の名を知る者は皆無に等しく、この作品に期待している観客もわずかだったという。

ところが上映が始まるやいなや、観る人々は瞬きすら出来ずスクリーンに釘付けとなったのだ。

「あのすごい東洋人は誰なんだ?」

観終わった後、すべての男性客は自分の心の中の変化に気付いていた。

「俺も強くなりたい!」

その噂は瞬く間に広がり、日本中がブルース・リーに湧いた。ドリフのお笑い番組でもパロディが登場し、社会現象にまでなった。 (ドリフ見習い すわ しんじ氏)

4973 だが、誰もが一つだけ、どうしても納得できない事があった。

スクリーン狭しと暴れ回り、そして強く、華麗な技を見せていたあの男が、既にこの世にいないというのだ。

4911

1972年、「ドラゴンへの道」を撮り終えた後ブルースは、次回作「死亡遊戯」の製作に入った。その途中、急遽、ハリウッドから出演依頼が舞い込んだ。それがロバート・クローズ監督、「ENTER THE DRAGON」である。ブルースは「死亡遊戯」の撮影を中断し、出演を承諾した。

ブルースには自らの作品を中断してまでもハリウッドの作品に出る必要があったのだ。

それは世界に「截拳道」を知らしめるチャンスだったからにほかならない。

撮影初日、ブルースは極度に緊張しており、撮影できないほどだったという。困った監督は、とりあえず緊張をほぐすため、あまり重要でない「宴会」のシーンからクランクインしたそうだ。

41vr5i2v8xl 撮影のほとんどは香港で行なわれた。アメリカのワーナーブラザースと香港のゴールデンハーベストが手を組み、現地での様々な手配はゴールデンハーベストが担当した。

撮影が進むにつれ、問題が発生してくる。現地のエキストラがブルースを挑発してくるのだ。何故かエキストラの中に香港のチンピラなどが入っており、ブルースを倒して名を上げようという考えだ。ブルースも武術家としてのプライドを傷つけられたくないため、すべての輩を相手にしたという。もちろんすべて秒殺だったそうだ。

そんな事が毎日のように続き、ブルースも次第にナーバスになっていった。やがて撮影スタッフとの揉め事も多くなり、また脚本を勝手に書き換えたり、ひどい時には監督のロバート・クローズを締め出すこともあったという。

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撮影現場は、まさに狂気だった。ブルースが撮影に出てこない日もあり現場は混乱した。そんな時は決まって奥さんのリンダさんがブルースを説得し、現場に連れてきていたという。おそらく、リンダ夫人の存在がなかったらブルースの成功は無かっただろう。

度重なるトラブル、そして完璧を求める本人の性格もあり、心身ともに疲れ果て、撮影終盤には、人目を避け、独り殻に閉じこもるブルースの姿がよくみられたそうだ。

そんな狂気とまで言われた撮影もなんとか終了した。

終了後、ブルースは香港公開版のみに付け足そうと、ブルースが個人的に監督をして数種のシーンを撮影した。それが「考えるな、感じるんだ。」のシーン。そして、物語冒頭での試合のシーン。相手は若き日のサモハンである。ブルースの体はマッチ棒のように痩せ細っていた。上半身裸で、その筋肉を自慢気にしていたかつてのブルースの姿はそこにはなかったという。

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現在、総合格闘技で使用される”オープンフィンガーグローブ”、実はこれ、ブルース・リーが考案した物なのである。

後にロバート・クローズ監督は、ブルースが撮影したそれらのシーンも気に入り、本編に挿入することを決定し、「ENTER THE DRAGON」は遂に完成したのだった。

353ee610_2 この時ブルースは既に、現在主流である「総合格闘技」を行なっていた。

1973年8月にアメリカでのプレミア試写会を控え、7月某日、関係者のみで完成試写会が行なわれた。

試写を観た関係者は、そのフィルムのあまりの完成度の高さに皆が驚いたという。ブルース自身もその出来に満足していた。そして早々とブルースを世界に売り出すことを決定していたようだ。

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7月20日。ブルースは、撮影を中断していた自身の作品、「死亡遊戯」の撮影に再び取り掛かろうとスタッフと打ち合わせをしていた。その最中ブルースはひどい頭痛に襲われ、友人の女優からもらった頭痛薬を服用し、眠った。

だが、その時閉じられたブルースの目は、再び開くことはなかった。

1973年7月20日 ブルース・リー 逝去 享年32歳。

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香港は混乱した。

「あんな強い男が死ぬわけがない!」

暗殺説、自殺説、誠しやかな噂ばかりが飛び交った。

直接的な死因は、脳浮腫。服用した頭痛薬が過敏に反応した。

また、医学的に極度なストレスや鬱状態でも起こりうる症例だと発表もされている。

「燃えよドラゴンのあまりにも過酷な撮影が彼を死に追いやった。」という者もいる。

ならば文字通り、ブルースが「命を賭けた入魂作」だったといえよう。

Jackey068c7 ブルース・リーに首を折られる若き日のジャッキー・チェン。

プレミア試写会後、一般に公開された「ENTER THE DRAGON」は、世界中で大ヒットを記録し、「BRUCE LEE」の名は世界に広まった。ブルースが最も望んでいた結果である。

しかし、皮肉にもその時、ブルースの姿は既にこの世には無かったのだ。この成功を彼は知らない。

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近年、最終的なブルース・リー死因裁判というものが行なわれた。その結果、

自殺でも他殺でも無く、 「自然死」 という結果で幕をおろした。

もはや、死因などどうでもいい。どんな結果がでようと、ブルースがいないという事実は変わらないのだ。

計算するとブルースが亡くなった時は私は7歳であった。もちろんその時を知っている訳ではない。

でも、私は思うのだ。「たった7年でも、ブルースが生きていた同じ時代に自分も生きていた。」そう思うだけで私は、それさえも誇りに思うのだ。

この「燃えよドラゴン」という作品、是非ともブルース・リーを知らない現代の若者達に観ていただきたい。特に武術が好きな若者には頭を空っぽにして観ていただきたいのだ。

そして、何かを感じとってほしい。

そう、それこそがブルース・リー先生が残してくれたあの言葉、

「考えるな、感じるんだ。」

何かを感じた瞬間、君達の長い旅は始まるのだ。「指の先にある美しい物」を探す旅が。

私がブルース・リー先生を知って三十数年、今だにその「指に先にある美しい物」を見出していない。

いや、きっとこれには答など無く、死ぬまで続く旅なのだと思う。

武術に引退はない。魂が体を離れるその瞬間まで修行は続くのだ。

それがそれこそが真の武術家なのである。

そう、ブルース・リーがそうだったように・・・。

Dragon_18 共演/ジョン・サクソン、ジム・ケリー、シー・キエン、ボブ・ウォール、アンジェラ・マオ

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2012/07/07

「ドラゴンへの道」解説書

毎日暑いですね。今日は土曜日でしたが仕事だったんです。

帰宅後、まだ明るかったので汗かきついでに庭の草取りをやりました。

血圧も安定傾向にあり、少しづつ元気も出てきました。

さて、今晩も「スルーな夜にしてくれ」企画です。前回はまさかのコメントありがとうございました。

今日は第三弾「ドラゴンへの道」の解説書です。

「ドラゴンへの道」 解説書 (1972年 香港)

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この作品、本来なら「ドラゴン電光石火」というタイトルで公開のはずだった。日本公開の配給元は東和で決まっていたのだが、寸前でゴールデンハーベスト社が裏切り行為を働き、東映に寝返ってしまった。当然同タイトルでは公開できなくなり急遽与えられた邦題が「ドラゴンへの道」だったのだ。

中国題は「猛龍過江」、英題は「THE WAY OF THE DRAGON」

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ブルースの前二作品はロー・ウェイが監督していた。ブルースは彼のその撮影方法や作品に対するモチベーションの低さに疑問を抱き、嫌悪感を抱いていた。ロー・ウェイとの第三作目も決定していたが、ブルースは自ら辞退してこの作品に挑んでいる。

ブルースは自ら「この作品はアメリカ流に撮る!」と宣言し、脚本、監督、武術指導、主演と四足のわらじを履くことになった。またこの時、ゴールデンハーベスト社と共に「コンコルド・プロダクション」という新たなプロダクションをブルース自身が設立し製作にも参入している。

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つまりこの作品は、ブルースが理想に近い形で作られた作品なのである。

まずブルースがやりたかった事、それは自分の敵役に本物の武術家を使う事だった。

もちろんブルースは俳優である。しかしその前に彼は武術家なのだ。俳優業をするのも本来の目的は、自ら考案した拳法、「截拳道」を映画を通じて世界に広めるところにあった。

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ブルースは本物の武術家を相手に本物の拳法、「截拳道」を見せたかったのだ。

そのため招へいされた武術家達は、まずアメリカの空手家 チャック・ノリス、彼はその後「デルタ・フォース」などで有名になった俳優である。そしてもう一人アメリカからボブ・ウォール、彼は「燃えよドラゴン」にも出演している。そして韓国合気道からウォン・イン・シック、彼はその後ジャッキー・チェンの作品、「ヤング・マスター」の敵役等で活躍した人物である。

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二つ目にやりたかった事、それは闘いのシーンすべてに「截拳道」の技を取り入れる事である。それを実現するためには、どうしてもブルース本人が監督・武術指導を行なう必要があったのだ。

それ故に「ドラゴンへの道」のアクションシーンは、単なるアクションではなく、一つ一つが巧妙に考えられ、作りこまれているのである。

(截拳道のインストラクター、中村先生による解りやすい「ドラゴンへの道」技術解説の動画があったので最後に貼らせてもらった。)

ブルースの他の作品は、どうもピリピリしていて、いつもブルースが怒っているような印象を受ける。しかしこの作品は唯一といっていいだろう、ブルースはちょっとオトボケキャラを演じていて珍しくブルースの笑顔を見ることができる。また観ている側の笑顔も誘う。

後に奥さんのリンダ・リーさんがこう語っている。

「”ドラゴンへの道”の彼が一番、普段の夫に近いかしら・・・。」

普段のブルースは、実は陽気で茶目っ気たっぷりな人物だったのである。

あまり、硬い話ばかりだと読んでいても楽しくないので一つだけ興味が湧くお話を。

ブルースの過去作すべてで共演を果たしている女優さんがいる。彼女の名は「ノラ・ミャオ」。とても美人な香港の女優さんで、特にこの「ドラゴンへの道」での可愛さは際立っていると個人的には思っている。その役柄、物語前半では、イケてない田舎の青年役のブルースを見て苛立ちを隠せないでいる彼女だが、ある時ブルースの拳法を見た瞬間、「キュン!」とトキメク乙女役をとても可愛らしく演じている。是非、ご覧いただきたい。

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この作品の見所は何と言ってもブルースのアクションである。特に蹴りのスピードに注目していただきたい。それでも映画用に遅くしているそうで、実際のスピードで蹴るとフィルムに映らないそうである。

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クライマックス、古代ローマのコロシアムで繰り広げられるチャック・ノリスとのラスト8分間の死闘は観ている側の体も熱くなる程だ。

お互い準備運動をしてから闘いに入る演出、敗れた相手にも敬意を表する演出、これは単純なバトル映画ではないことを示しているだろう。それは武術家であるブルースが演出した映画だからこそできた特別なシーンだったと思う。

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香港映画としては初の全編イタリアロケを敢行した「ドラゴンへの道」。もちろん前作をしのぐ大ヒットを記録した。

マニアの間では「ドラゴンへの道」が最高傑作だという意見も多くある。ブルースの意向が最も盛り込まれた作品ゆえ、その意見も納得できる気がするのである。

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2012/07/05

「ドラゴン怒りの鉄拳」の解説書

こんばんわ。

今夜は「スルーな夜にしてくれ」企画、ブルース・リー先生の作品の解説書第二弾です。

まだ、やってたんですよ。前回は皆さん、見事にスルーしてくださいました。ホントにやりがいがあります。(笑)

おそらく今回も誰も読んでいないと思いますので、「自分へのオマージュ」として、レアな逸話を交えながら解説いたしますよ~ん。

「ドラゴン 怒りの鉄拳」の解説書 (1972年 香港)

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ゴールデンハーベスト社との契約、二本目の作品である。邦題は「ドラゴン怒りの鉄拳」、中国題は「精武門」、英題は「FIST OF FURY」。

この作品は、たくさんのカンフースター達にリメイクされる程の人気作であり、ジャッキー・チェンをはじめ、ジェット・リー、ドニー・イェンらもリメイクしている。

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だがこの映画、敵が日本になっているため、観た日本人は嫌悪感を抱く方も多くいるそうである。

Fistoffury24 日本が敵ということは、日本人に出演オファーをしなければならない。当時有名だった日本の俳優さんが何人か候補に挙がっていた。でも、主演のブルース頭の中には、どうしても出演して欲しかった日本の俳優の名があった。その名は

勝 新太郎

言わずと知れた「座頭市」の代名詞的存在。「座頭市」は海外でも人気があり、もちろん香港でも有名で、当時香港のトップスター、ジミー・ウォングと座頭市が闘うという映画まで作られた程だった。

未確認情報ではあるが、ブルース・リー本人が来日し、勝 新太郎氏に直接出演交渉をしたという情報もある。

でも、当の勝さんは、ああいう感じの人物なので、その話をあまり真面目に聞いてなかったらしく出演を承諾しなかった。当時、「BRUCE LEE」なんて名は日本では全くの無名で、そんな無名の中国人に「映画に出てくれ。」って言われても・・・。というのが本当のところだったのだろう。

勝さんは出演しなかったが、他の俳優ならということで、勝プロ所属俳優から橋本 力氏の名があがり「鈴木」役で出演することになった。ちなみに彼は大映映画「大魔神」の中に入っていた俳優である。

Fistoffury12  でも、何故ブルースはそうまでして「座頭市」の勝さんに出演してもらいたかったのか?

ブルースの映画を観ると、闘いのシーンが割とすんなり受け入れることが出来ることに気付く。むしろ心地よささえ感じる方もいるかもしれない。

それは日本人特有の「間」である。しかもそれはブルース本人が「座頭市」を参考にしているのだ。

相手を睨みながら上着を脱いだり、ゆっくりと大勢いる敵を見回したりと。これはよく時代劇の殺陣で見られる「間合い」である。日本人は基本的にチャンバラが好きであり、ブルースの作品は日本人にとって、それはかっこよく写ったに違いない。

O0800035311229739315 この作品からブルースはあの独特な「怪鳥音」と呼ばれる奇声を取り入れている。これがもうブルースの代名詞のようになっているが、この怪鳥音も少しづつ進化して「アチョー!」という形になっていったそうだ。

ブルースはすべてにおいて完璧を望んだ。武術の勝負においても相手を倒すために、あらゆる手段を用いて勝つことを考えていた。この「怪鳥音」もその一環で、この奇声をあげることによって「相手が怯んだところを突く。」という、ちゃんとした理由があったのだ。

またこの作品でブルースは、初めて「双節棍」、いわゆる「ヌンチャク」を登場させた。武術が好きな方はお解かりかと思うが、中国武術にヌンチャクは存在しない。もともとヌンチャクは沖縄の物である。

ブルースの友人にフィリピン武術「カリ」の達人ダン・イノサント氏がいる。彼は棒術師でヌンチャクの達人だったため、彼の指導を受けていたそうだ。

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イノサント氏は、ブルース亡き後、截拳道の意思を受け継いだ人物でもあり、現在も截拳道の代表そしてインストラクターとして活躍されている。

映画クライマックスのヌンチャク対日本刀の闘いは最大の見せ場であろう。

ちなみにクライマックスで鈴木がブルースに蹴り飛ばされるシーン。このスタントは若き日のジャッキー・チェンが担当した。その後、当時としては最高と言われたそのスタントにブルースはひどく感銘して、ジャッキーをボウリングに誘ったという話もある。

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この「ドラゴン怒りの鉄拳」、香港では前作を越える大ヒットを記録しブルース・リーの名を不動の者とした。

監督は前作「危機一発」と同じく、ロー・ウェイ。この人監督でありながら、ちゃっかりこの作品に警察署長役で出演している。ブルースとロー・ウェイはこの作品で取り返しがつかない程、不仲となったことは有名な話である。

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共演は、ブルース唯一のキス・シーンのお相手 ノラ・ミャオさん、白人空手家役にロバート・ベイカー、彼はブルースのアメリカ時代の友人である。その他、トニー・リュウ、ハン・イェンチェ等。

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2012/06/22

「ドラゴン危機一発」の解説書。

こんばんわ。

BRUCE LEE 先生の命日が近づいてまいりました。命日は来月、7/20。

今年2012年は没後39年になります。

過去、このブログでもLEE先生の命日や誕生日が近づくと特集を組んでまいりました。

でも、よく考えると、LEE先生の武術家の部分ばかりにスポットを当ててしまい、主演映画の部分にはあまり触れていなかったことに今更ながらに気が付きました。

決して望まれているわけではありませんが、ある意味、使命感のような衝動にかられ、今回より数回に分けて先生の主演作品についてレアなお話も交えながら解説していきます。

ああ、興味が無い方はスルーでいいですよ!

ちなみに先生(以下 ブルース)の主演作品はわずかに5本。今回は公開順ではなく、製作順で解説いたします。

第1回 「ドラゴン危機一発」 (1971年 香港)

Bigboss219x300 アメリカ時代、テレビ映画「グリーン・ホーネット」に出演を果たしたブルースだったが、人種差別という越えられない壁に挫折し1970年香港に帰国した。

だが驚いたことに、香港では既に「李小龍 BRUCE LEE」の名が知れ渡り、英雄となっていた。ちょうど「グリーン・ホーネット」が香港で放送されていたのだ。

その人気に目をつけたゴールデン・ハーベスト社社長、レイモンド・チョウ氏が早々にブルースと映画二本の出演契約を交わした。その第一弾の作品が「唐山大兄 THE BIG BOSS」、邦題「ドラゴン危機一発」なのである。

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当初、この作品はブルースの主演ではなく、共演のジェームス・ティエン主演で撮影が進められていた。

だが、撮影中、ブルースの武術があまりにも華麗だったため、急遽脚本をブルース主演に書き換えられ、撮影された。当時の香港映画は低予算で、とてもいい加減に作られていたので、こんなことは普通だったらしい。

ちなみに主役を奪われたジェームス・ティエンは、ストーリー中盤で殺されてしまい、実にあわれだった。当時、ジェームス・ティエンは香港のアクション俳優ということで有名であったが、この作品のブルースのアクションは、他の俳優陣と見比べてみても、飛び抜けており、その扱いもうなずけてしまう。

映画内でブルースが敵の大ボス宅に殴りこむシーンがある。その時ブルースはスナック菓子を食べながら登場するのだがこれは予算が無くて撮影できなくなりそうになった時があり、寸前であるお菓子メーカーがスポンサーについてくれた為そのメーカーのお菓子を登場させたという話もある。それ程までに切羽詰って作られていたようだ。

そんないい加減に作られた「ドラゴン危機一発」だったが、香港では過去の記録を塗り替える程の大ヒットを飛ばした。

00080286e07a0a272c7710_2 一般的に「ブルース・リー」と聞くとすぐに思いつくのは、「アチョー!」という独特な奇声ではないでだろうか。

だが、この作品でブルースはまだ奇声を発していない。

DVDを借りて観たことがある方は「あれ?」と思うかもしれない。現在発売されているDVD、ビデオには何故かその奇声が入っているのだ。

これは、ビデオの製作会社がビデオを製作する時に、他の作品から音声をダビング挿入してしまっているからなのだ。なんでそんな事をするのか理解できない。

この映画、日本で公開されたのは、1974年。前年公開された「燃えよドラゴン」が社会現象になる程の大ヒットを飛ばしたため、過去のブルースの作品を公開しようと配給の東和が輸入を決定したのである。

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当時の香港映画界では、セリフの部分は他の俳優が声を入れること(アフレコ)が普通だったため、北京語、広東語、英語などいろんなバージョンで作られたが、どれもブルース本人の声ではない。当時、日本版には英語版が輸入されたが、現在DVD、ビデオ等で観ることができるのは広東語バージョンのみである。

正直申し上げて、観るのが悲しくなる程の作品であるが、ただ一つ自信を持って言えることは、やはりブルースの飛び抜けたアクションである。ブルースのアクションのシーンだけは、それまでのシーンが嘘だったかのように見る者を釘付けにするのだ。

そのようなスタンスで観るのであれば充分に楽しめる作品であろう。

共演は、ジェームス・ティエンの他、ハン・イェンチェン、トニー・リュー、マリア・イー、等。

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