格闘技 

2017/07/13

英雄現る。

格闘技ファンの私、とてもいい気分です。

今日こんなニュースがありました。

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170713-00000190-fnn-soci

格闘技と言うと一般的には、

「闘うことしか脳がない。」とか「人を倒すとか野蛮」とか思われがちですよね。

でも、今回のこのニュースは、そんな世間の誤解を一蹴してくれましたね。

まさに格闘技界の英雄でしょう!

人助けの為に鍛錬した技を使えるって素晴らしいです。

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2016/06/12

英雄。

今更の話なんですが、やっぱり書いておかないといけない出来事があったので書いておきます。

英雄の記憶

6/4、元プロボクシングヘビー級王者であり世界中でも「英雄」と賞賛された モハメド・アリさんが亡くなった。

74歳だった。

42歳の時、長年ボクシングで受けた頭へのパンチが原因とも言われるパーキンソン病を患い、病魔と闘っていた。

私の記憶では、1996年、アトランタオリンピックで最後の聖火台に火を灯したあの映像がもっとも新しい記憶だ。

全くのサプライズだっただけに格闘技ファンのみならず、世界中の人々を感動させた。

しかし、我々格闘技ファンがアリを語る時、もっと昔に時代を遡らなけらばならない。

今からちょうど40年前、少年達の魂を熱くしていた一人の男がいた。

アントニオ猪木

当時、猪木さんは、「プロレスこそ最強の格闘技。」という事を提唱しており、あらゆる格闘技の猛者達に挑戦状を送りつけていた。

柔道世界一 ウィリアム・ルスカ

マーシャル・アーツ モンスターマン

極真空手 ウィリー・ウィリアムス

ボクシング チャック・ウェプナー

など蒼々たる面々と戦っていた。

そんな対戦相手のリストの中に誰もがその目を疑うほどの人物が入っていた。

モハメド・アリ

プロボクシング世界ヘビー級王者である。

あらゆる難関を乗り越えて、1976年6月26日その戦いは実現したのだ。

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日本武道館で行なわれた試合当日は土曜日の午後。

当時、小学生だった私は、午前中の授業を終え、テレビで生放送される「猪木・アリ戦」を見るために走って帰宅した事を今でもよく覚えている。

放送権を持っていたテレビ朝日は、当日の夜も試合の録画を放送をするという異例ともいえる力の入れようだった。

試合は終始、猪木さんが寝そべり足蹴りをし、それをアリが手で防御するという戦いであった。

後にその蹴りは「アリキック」と名付けられたことは周知のとおり。

Dsc_1340_2私が今だに所有する雑誌から。

3分15Rがあれよあれよという単純な試合運びで終わり、結果的に勝敗はつかず「引き分け」ということで幕がおりた。

試合後、あらゆるメディア、あるいはファンからもバッシングを浴び、「世紀の一戦」という歌い文句で宣伝されていた試合も、いつしか「世紀の凡戦」とまで言われるようになった。

Dsc_1341_2

だが当時、何故この試合がそうなってしまったのかを一部の人間しか知らなかった。

先程私は、「あらゆる難関を乗り越えて・・・」と書いた。

そう、この試合実現の裏には、想像もつかない出来事が存在していた。

アリ側サイドは、第一に「アリが絶対に負けてはいけない。」という事情がある。

アリが負けるとそのために周りでサポートする人間すべてが失業に追い込まれる可能性がある。

そのためアリ側から試合をするにあたり、多くの条件が提示された。

それは、猪木サイドに不利以外何もない信じがたい内容だった。

ひとつは破格とも言われるファイトマネー。

数十億円とも言われたファイトマネーを猪木サイドは用意することになる。

この試合のため、猪木は莫大な借金を負い、自身の経営する「新日本プロレス」が倒産寸前まで追い込まれたとも言われている。

そしてもうひとつ、アリが負けないために突きつけられた理不尽なルールである。

1. 寝技の禁止。

2. スタンディング・ポジションからの攻撃の禁止。

3. 頭部への攻撃の禁止

など、ほとんどプロレスの技を禁止されるルール。

猪木は、もはや寝そべってアリの大腿部に足蹴りする以外、攻撃の手段が無かったのだ。

もちろん猪木サイドも意義を申し立てたが、猪木本人がその全ての条件を快諾した。

「試合をすることに意義があるんだ。」

猪木はそう語っていた。

試合は「引き分け」という形で終わった。

だが翌日、アリの足は3倍に腫れ上がり、歩行ができない状態になっていたという。

試合としての勝敗はつかなかったが、勝負としては猪木さんが明らかに勝っていた。

そんな試合をした、猪木とアリ。

後味が悪いイメージがあり、二人の関係もそれまでかと思えるが実際はそうではなかった。

猪木の紳士的な戦いぶりを文字通り体感したアリは猪木に対して賞賛を贈った。

猪木もまた、プロとしてのアリの戦いに感銘を受けていたという。

そしていつしか二人の関係は友人関係へと発展していく。

二人は、あのリング上で真剣勝負をしていたのだ。

世間で「茶番」と言われようと、「凡戦」と言われようと、戦った本人達にしか解らない何かがそこにある。

アリは自身のテーマ曲としていた「アリ・ザ・グレイテスト」という曲を猪木に贈った。

それが猪木入場時に流れていたあの曲「イノキ・ボンバイエ」である。

また、猪木は自身の引退試合にアリを招いた。

40年前「凡戦」と言われたあの試合。今では名勝負と謳われている。

長い年月をかけ、あらゆる事実が明らかになるにつれ、私はあの試合の凄さを実感するのだ。

そして先頃、「世界格闘技の日」という物が制定された。

それはまさに40年前行なわれたあの試合の日、「6月26日」なのだ。

皮肉な事に制定された矢先に届いたモハメド・アリの訃報。

もしかしたら彼は、格闘家として、その事実を見届けたかったのではないだろうか。

アリの死で猪木さんはお悔やみを申し上げた上でこうコメントした。

「かつてのライバルたちを見送ることは非常に辛いものです・・・。」

真剣勝負をした相手は、「ライバル」と書いて「友」と読むとよく言われる。

猪木さんの言葉の裏にはお互いを認め合った愛情が詰まっているようだった。

こうして一人の男がまた伝説となった。

モハメド・アリ

彼以上に「プロフェッショナル」という言葉が似合う男はもう出てこないかもしれない。

モハメド・アリさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

                         2016.6.12

P.S.

本日、夜9:00よりこの「猪木・アリ戦」がテレビ朝日で放送されます。

もう一度あの少年時代に戻ってみませんか?

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2013/09/02

夏の終わり 特別編。

こんばんわ。

ブラジル リオデジャネイロで行なわれていた世界柔道選手権ももう終わりですね。

でも、選手の皆さんには申し訳ないのですが、全く観ませんでした。

いつもなら、何試合かは録画などで観たりしていたんですが、今回はどうも観る気にならないんです。

ニュースでは、男子の軽量級ががんばって、金メダルを獲っていましたね。

でも、日本国内は、完全にシラケムードな感じがするんですよ。

なぜなんでしょうか?

今日は、それについて、個人的な現在の心境を、久々となる「文字だけブログ」で綴っておきます。

あくまでも私的な個人的見解の内容になりますので、スルーして下さいね。

では、

MDさんのガレージ 夏の終わり 特別編

「日本柔道よ、どこへ行く・・・。」

私が格闘技・武術研究家として(自称)、世界の格闘技、武術を研究し始めて30年以上になります。

そんな私の心は今、大変痛んでおります。

といいますか、あきれていると言ったほうがいいかもしれません。

私が格闘技・武術研究家として(自称)、以前より警鐘を鳴らし続けてきた事が、ついに現実のものとなってしまいました。

日本柔道、地に堕ちる。

次々に発覚する日本柔道界不祥事の数々。

私は、格闘技・武術研究家として(自称)、昨年から今年にかけて、この問題を幾度となく取り上げようと思ってまいりました。

でも、なかなか取り上げる事ができなかったんです。

私は格闘技を愛する人間として、不祥事が世間で大沙汰なうちにどうしても取り上げたくなかったのです。

「それ見たことか!」というように捉えて欲しくなかったので、頑なに沈黙を守ってまいりました。

書こうとすると「不祥事発覚」、ほとぼりが冷めるのを待ってまた書こうとすると「不祥事発覚」。この繰り返しで、このタイミングで書くことになりました。自分の中でももう限界な感じでしたね。

日本柔道界が起こした様々な不祥事を振り返ってみましょう。

・五輪金メダリスト 内柴正人 女子部員暴行事件

内柴被告は裁判で「相手と合意があっての行為だから無罪。」だと主張したそうです。

妻子がありながら、「合意があった、なかった」の話ではないでしょう。それ以前に、教え子に手を出している時点で、武道家失格いや、人間失格です。

せめて、すべてを認め謝罪するのが、かつて柔道家を名乗った最低限の行動だったのではないかと私は考えます。

・女子柔道 園田 元監督パワハラ事件

柔道という武道は、「自分よりも力の弱い者(女性)に対して、力をもって指導してもいい。」と教えているのでしょうか?

それとも、監督ごときで殿様にでもなったつもりだったのでしょうか?

・助成金不正受給発覚

どこの世界でも金に関するトラブルは付きまといます。でも、「武道」という「道」を説く場でそれがあるということは、おそまつ極まりないですね。

・日本柔道連盟理事 セクハラ問題

五輪の正式種目になり、世界大会まで行なわれる柔道。上層部がこんな恥ずかしい事件を起こしておいて、どの面下げて世界で戦うんでしょう。

このような腐りきった体質は、すべて全柔連上層部にあるんでしょうね。

柔道の創始者、嘉納治五郎先生にどう説明するんでしょ?

きっと、先生は泣いてますよ。

真面目に柔道に打ち込んできた柔道家達にどう説明するんでしょう?

これだけの問題起こす体質を作り上げ、放置してきた全柔連上村会長。先日、やっと他の理事全員と共に辞任を表明しました。

でも、これ内閣府から「辞めろ。」って言われての辞任表明なんですよ。つまりは、安倍総理が「辞めろ。」って言ったのと同じですから、こんな異例な事態は無いでしょう。

今後、日本柔道界に未来はあるのでしょうか?

そこで、私が過去、常々申し上げてきた事が「やっぱり重要だった。」ということになってくるわけですよ。

http://micro-dragon.cocolog-wbs.com/blog/2011/07/8-930f.html

http://micro-dragon.cocolog-wbs.com/blog/2012/07/post-b5eb.html

そう、柔道は、「道」なんですよ。

五輪の種目のひとつになっても、「道」という事を忘れてはいけないんです。

でも、現在の柔道はもう、「道」ではありません。これを「道」と呼ぶのなら、他の「道」と呼ばれる物すべてに失礼です。

東京五輪、柔道は正式種目になりました。柔道という日本の文化が世界に知れ渡ることになったのですから、それはそれでよかったでしょう。

でもその時、全柔連がやっておかなければならなかった事があるとおもうんです。柔道はあくまでも「道」だという教育です。

五輪という世界の大舞台での種目となり、おそらく日本柔道は「天狗」になってしまったのだと思います。

その結果、一番大事な部分を疎かにしてきた結果が現在の失墜に繋がっているんですね。

結局今は、「技」だけが重要視され、「道」の部分がどこかにいってしまってるんですよ。

きっと、今は、「柔道をやってます。」という割には、挨拶もろくにできないような人間が多いことでしょう。

現在、町の柔道場に入門する子供達が激減しているそうです。

あたりまえですね。

指導される先生の欲望の餌食にされ、「勝つ」ためだけに暴力で指導され、経営陣は金と己の欲望のまま好き放題。

誰が「柔道をやってみよう!」って思うんですか!

今のままでは、日本の柔道の再建はむずかしいです。

もし、道がまだ残されているとするならば、柔道はもう一度初心に帰り、「道」としての柔道を復活させること。つまり「講道館柔道」一本に統一すること。もちろん、五輪の正式種目など辞退するぐらいじゃないとダメだと思います。

だって、もともと嘉納治五郎先生が考えだし、望んだ柔道はそれなんですからね。

私は、今後の日本柔道が、「武道」として復活することを切に願っています。

きっとそう思って柔道を頑張っている柔道家の人もいることでしょう。

上に立つ器を持っているのは、そういう柔道家、人格ある者達なんです。

「勝つ、負ける、金メダル、銀メダル、銅メダル」

それよりももっと大事な物があることを理解した時、それが日本柔道の「復活」の時であり、それがそのまま「強さ」に繋がるんだと私は考えます。

格闘技が好きな人間の一人として、私は日本柔道の復活を期待しています。

今日は「MDさんのガレージ 夏の終わり 特別編」としてお送りしました。

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2012/10/28

再び・・・。

今日は雨ですね。

監査の準備をしながらも、相変わらずすぐに飽きてしまうのでなかなか進みません。

さて、みなさんは薄々お気付きかもしれません。

あるいは、全然気にしてなかったかもしれません。(ほとんどがコチラ?)

そう、最近このブログで「カンフーネタ」をやっていないんです。

それは、あえてやっていなかったんです。

記憶では、最後にやったカンフーネタは、LEE先生の命日特集の頃だったと思います。

その頃から、どうも”孤独”な感じがしていたんですよ。

私のカンフーネタがあまりにもマニアックだった為に、「コイツは何なんだ。」的な空気が読み取れたんですよね。

だから、あえて自粛をしていたわけなんです。

しかしながらその自粛期間も、それは”自らに与えられた使命”、あるいは”必然”とも言えるほどにカンフー映画や格闘映画を観てまいりました。その数、数十本。

今日はその”自粛”という長いトンネルから抜け出すべく、リハビリ的に格闘映画のお話を・・・・。

(前置きが長いよ。)

ちょっと前の話なんですが、テレビで放映されてた映画をたまたま観ていたんです。いえ、流していたと言ったほうがいいかもしれません。

その時、テレビから流れている映像、その一瞬の動きを私は見逃しませんでした。

画面に流れるその動きは、相手の攻撃を巧みにかわし、と同時に相手の動きを制御していく技。

それはまさしくあのブルース・リー先生の拳法、「截拳道」ではないか!

その後、私がその映画に釘付けになったことは言うまでもありません。

その映画のタイトルは

「ボーン・アイデンティティ」

主演はマット・ディモン。

03 2002年の作品で結構有名な映画らしいんですが、知らなかったんです。

しかも、格闘系映画なのに、私としたことが知らなかったんですよ!

見終わった後、映画のおもしろさよりも、むしろ「知らなかった」事にがっくりと肩を落とす自分がいました。

当然、すぐにこの映画について、使われていた技について、マット・ディモンについて調べました。

この映画は人気シリーズだったんですね。続編が作られていました。

2004年「ボーン・スプレマシー」

Bournesupremacy

2007年「ボーン・アルティメイタム」

11b5fab9734dd7e522f21e8c92174764_2 もちろんいづれの作品も即、鑑賞いたしました。

最近公開された「ボーン・レガシー」は、同じシリーズではあるのですが、続編ではないそうですね。主演もマット・ディモンではありませんし。

マット・ディモンが使っていた技は、フィリピン武術の「カリ」というもの。「截拳道じゃないじゃん。」と言われるかもしれませんが、ここからはそれについてのお話、「知らなかった」汚名の挽回です。

もともと「カリ」という武術は「棒術」なんですよ。「カリ」の第一人者は、ダン・イノサント先生。「死亡遊戯」でLEE先生とヌンチャク対決をした方なんです。

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彼はLEE先生の友人であり、「截拳道」を継承した人物でもあるのです。

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イノサント先生は、「カリ」の達人であると同時に、「截拳道」の達人でもあるのです。

この二つの武術の特徴は、「型にとらわれない」ところにあります。

LEE先生、イノサント先生の手によって、「截拳道」に「カリ」の技を取り入れ、また「カリ」には「截拳道」の技を取り入れて作られています。

つまり、これらは”兄弟のような武術”といえるんでしょうかね。

主演のマット・ディモンは、そのイノサント先生の道場、「イノサント・アカデミー」に入門し、数ヶ月におよぶ猛特訓によりその技を身につけ、撮影に挑んだんだそうです。

「イノサント・アカデミー」は日本にもあり、V6の岡田君が「SP」の撮影時に入門して、アクションを勉強したことで有名ですね。

Img_1284436_38832352_0 岡田君はインストラクターの資格も持っているそうですよ。すごいですね。

今回は、久々に格闘技ネタでした。やっぱ格闘技ネタは引き出しがたくさんありすぎて、どうしてもマニアックになってしまいますね。

ああ、今回もスルーでいいですよ。

もう、”孤独感”には負けませんから。(笑)

今後は、「孤高のドラゴン」と呼ばれたいんです。

(その発言が更なる”孤独感”をよぶ。)

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2012/07/23

ロンドン五輪を観る前に。

毎日暑いですね。

先程、風呂から出て体重計に乗りました。液晶のデジタル表示が「59.3kg」を指しました。

高血圧になる前は平均で64㎏前後、5kg近く減りました。

確かにあれ以来、食欲も無くなっているので無理もないかなと思います。

でも、まぁ、太るよりはマシかなと思っています。

ああ、「太る」で思い出したんですが、私が若い頃、武術研究家として(あくまでも自称)ある人物を研究している時、その方がおっしゃっていた、きつ~いお言葉を思い出しました。

ロンドン五輪開幕直前特別企画として、今回はその”ある人物”についてお話しいたします。

また、かなりDEEPで長文なので、興味が無い方は流してください。

自己満足の世界ですので。(笑)

「最強の男」

ロンドン五輪まであと四日。今大会で金メダルが期待できる種目としてすぐに頭に浮かぶのは、水泳平泳ぎ(北島選手)、男子体操(内村選手)、ハンマー投げ(室伏選手)、サッカー女子(なでしこジャパン)、ぐらいだろうか。

48bf390cb44593ba60296c60e4e0f048 母国の競技、「柔道」をこれに入れることができないのは、日本人として残念である。

「柔道」は「JUDO」として、東京五輪から種目に加えられ、「武道」というよりも「スポーツ」として世界的な地位を築いた。

それにより、当然のことながら外国勢の活躍が柔道母国 日本を脅かしている。

今大会には、日本柔道に伝説を作った、五輪三連覇、野村選手、また、女子柔道を長きに渡り牽引してきた谷選手の姿もない。

唯一金メダルに一番近いといえば男子100キロ級穴井選手ぐらいだろうか。

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だが、五輪の種目にまだ柔道が無かった戦後間もない昭和の時代。

日本柔道界に、”最強”と言われる男がいた。

「今の柔道は”ブタ”のやる柔道だ!」

1990年に入った頃、太った選手が多かった日本の柔道界に、その厳しい言葉をもって一喝した男である。

また、格闘技ツウの方は、きっとこの言葉もご存知のことだろう。

「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし。」

日本の柔道家の間では、伝説となっている男。

その名は

木村政彦

この人を知らずして、日本の柔道、いや、日本の格闘技は語れない。

250pxmasahiko_kimura_281917199329 私が格闘技研究家として(自称)、数ある格闘技を研究する時、まずその道の「達人」と呼ばれた人物、あるいは「最強」と呼ばれた人物を研究することから初めることにしている。

それがその格闘技の本質を知るのに最も解りやすいからだ。

ちなみに私の柔道経験といえば、高校の体育の授業で習った事と、少林寺拳法の道場に来ていた柔道経験者の方にサブミッション(関節技)を伝授していただいた程度である。

当時はちょうどロス五輪の年、あの山下泰裕が金メダルを獲得し、一般世間では、「柔道 山下、ここにあり。」という感じで、彼こそが世界最強と呼ばれていた時代であった。

しかし、私が柔道の関節技に興味を持ち、それを調べている過程で、本当の意味での「日本柔道界最強の男」を知ることになる。

それが、木村だ。

だが、当時は資料が乏しく、実際に彼の伝説について解ってきたのは、彼の死後のことである。

木村は大正時代、熊本で産まれた。10歳から柔術の修行を行い、高校時代、それまで最強とされてきた牛島辰熊氏に見出され、拓殖大学に入学、柔道に打ち込む。

柔道七段、全日本選手権出場以来15年間無敗で引退。

彼はその豪快な闘い方から「鬼の木村」と恐れられていた。

170cm、85㎏という体格は柔道家としては、決して恵まれていなかったが、大柄な選手がよく使う「大外刈り」を得意としていた。大柄な選手を軽く倒すという、驚く程のパワーが彼にはあった。

引退後、プロ柔道を経て、海外遠征に出た彼は、ハワイに柔道を紹介し、またブラジルへも渡航した。

1951年、彼はそのブラジルで、ある人物から挑戦状を受け取ることになる。

エリオ・グレーシー

言わずとしれたブラジリアン柔術グレーシー一族の総師である。

お互いに最強のプライドを賭け、試合は行なわれた。

ルールは10分、3ラウンド制、勝敗の決定は、「タップ行為(ギブアップ)」または「相手を締め落とす」という厳しいルールにより行なわれた。

互角の攻防の中、2ラウンド目、木村が袈裟固めを極める。というよりもプロレスのヘッドロックに近い技である。木村のあまりにも強い力にエリオの耳から鮮血が飛び散った。

木村はエリオの身を案じ、その手を緩め、彼に対して盛んに「大丈夫か!」と叫んでいたという。この時点でもう勝敗は決まっていただろう。

Tumblr_lokphpwiri1qz6muno1_400 だが、エリオはギブアップをしない。

木村はやむをえず、当時日本では危険という理由で禁止となっていた技を出さなくてはならなかった。

勝つためにである。その技とは

腕がらみ

Kimura 現在、総合格闘技で「アームロック」と呼ばれ、当時は「キムラロック」とも呼ばれた技だ。

木村の「腕がらみ」は完全に極まっていた。だがエリオは決してギブアップをしない。彼には柔術家としてのプライドがあるのだ。

やがてエリオの腕はミシミシと音を立て、その骨は砕かれた。その瞬間、セコンドからタオルが投げ込まれ、木村の圧勝となった。

だが、試合後、木村は、驚くべきことを語った。

「私は試合には勝ったが、彼の勝負への執念に完敗した。」

腕が折れても、闘い抜いたエリオに対して木村は同じ武術家として敬意を表したのだ。

敗れたエリオもまた木村を讃えた。

10135142478_s 故 グレーシー柔術総師 エリオ・グレーシー氏

エリオは晩年こう語っている。

「私は柔術家としてただ一度だけ負けたことがある。木村との戦いだ。それは私にとって最大の屈辱であり、最大の誇りでもある。」

グレーシー柔術が、バーリトゥードの闘いで、最強と呼ばれるまでになったのは、木村戦に敗れたエリオの屈辱心がそうさせたのかもしれない。

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木村はその後、力道山に見出されプロレスラーへと転向した。

B8bca8bb1ecfcba2dca13a407f200b86 当時のスター選手、力道山とのタッグでシャープ兄弟と闘うのだが、毎回、木村は”やられ役”、序叙に不満を募らせ、ついには力道山に牙を剥き、闘うことになる。

それが”昭和の巌流島”とまで言われた「力道山 VS 木村政彦」というわけなのだ。

プロレスはやはり興行、当時は筋書きがあったらしい。「初戦は引き分け、再戦として各地を転戦しよう。」という筋書きが力道山サイドから提案され木村は了承した。

だが、木村はその試合で力道山から不意打ちをくらいKO負けする。力道山が裏切ったのだ。木村はプロレスを甘くみていた。

力道山はその勝利により、スーパースターへと昇りつめ、それとは対照的に木村はプロレス界から姿を消した。

weep

講道館からも破門状態だった木村は、行く宛もなく、故郷熊本に帰った。

数年を過ごしていると、ある人物が尋ねてきた。恩師、牛島氏である。

「もう一度、拓大で柔道をやらないか。」

木村にとって、これ以上に暖かい言葉はなかったろう。

木村は母校、拓殖大柔道部監督として就任、低迷していた同部をわずか3年で日本一に伸し上げたのだ。

そして1993年、最強と言われた男も病には勝てず、この世を後にする。

享年75歳。波乱の人生だった。

木村は柔道家として殿堂入りも果たしていない、また講道館は木村に七段以上を与えることも無かった。

だが、過去に「最強」と言われてきた柔道家たちは皆、口を揃えて言う、

「木村さんが最強です。」と。

B7a68597s その競技のみに打ち込んできたスポーツ選手や、その武道、一筋に精進してきた人にとって、木村がプロ柔道に転向したり、他流試合をしたり、プロレス界に入ったりと柔道一筋でない彼の行動に疑問を抱くところではないだろうか。

これには深い理由があるのだ。

木村の奥さんは当時、結核を患っていた。今でこそ結核は治る病気とされているが、その頃の結核は命が危ういほどの重病であり、この治療には大変な治療費がかかる。アメリカから取り寄せる薬が高額すぎて手に入れることができず、命を落とす人が大勢いたという。

木村は愛する妻をどうしても助けたかったのだ。そのためにはどうしてもお金が必要だったのだ。

奥さんのためには、自ら選んだ「柔の道」を踏み外そうとも、自らの人生を犠牲にしようとも構わない。木村という男はそれほどまでに優しい男だったのだ。

私が長年行なってきた「強さ」についての研究で、最近やっと辿り着いたその理論。

強い男はそれ以上に”優しい”のだ。

奥さんの結核は完治し、木村亡き後のインタビューでこう語っている。

「主人にはもう感謝意外に何もありません。私の中で彼は、最強の男です。」

最も側にいた人が「最強」と言ったら、それを誰が否定できよう。

もうすぐロンドン五輪が始まる。

私個人的な考えとしては、金メダルも大事だが、日本の柔道は、もう一度、「JUDO」ではなく、「柔道」として、「道」としての柔道に立ち返る必要があるのではないかと思うのである。

今、失われつつある「道」は日本の独特な教えであり、外国には無い文化であろう。私は、そこに日本人の本当の強さが隠されていると思うのである。

「今の柔道は”ブタ”のやる柔道。」という言葉を使い日本柔道を一喝した木村。

おそらく木村は、「もう一度”武道”としての柔道に戻れ!」と言いたかったのではないだろうか?

それは、”メダルを獲る柔道”ではなく、”己に勝つための柔道”なのだ。

木村は現役時代、「試合に負けたら腹を切る。」と言って試合前に切腹の練習をしていたという。

木村がめざしていた物は、まさしく「武士」の道だったのだ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

最後に伝説の試合、「木村政彦VSエリオ・グレーシー」の動画を貼らせてもらいます。

実は私、この試合のビデオを観たのは最近の話なんです。

長年この試合を観たくてしょうがなかったんですが、とにかく資料が無くて、写真だけ見ていました。でも、インターネットが普及し、動画が見れるようになってやっと念願が叶って観る事ができたんです。

インターネットはすばらしいですね。

動画を貼ってくださった方に感謝です。

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2011/11/10

アントキノ ショーゲキ

既に立冬は過ぎましたが、「秋の格闘特集第三弾」マニアックすぎて今日もスルーで!

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あなたは、覚えていますか?29年前のあの衝撃を・・・。

当時、少年だった私は、それを観た瞬間、自らの体内で、何かが弾けた。

それは、ブルース・リー先生との出会いに、匹敵するほどの衝撃であった。

中国・香港合作映画、ジェット・リー主演、

「すべてが本物!」

「少林寺」

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若気の至り、

「かっさらい」の柄をぶった切り、我流で習得した「棍術」。

「なわとび」を利用し、日々練習に励んだ「縄鏢 じょうひょう」。

Img_0001そして、見よう見真似で習得した「酔拳」。

そのすべてが、今にして思えば「痛い過去」。

しかし、それほどまでに少年の心を魅了した数々の中国武術。

若き日のジェット・リーが、驚くべきその身体能力で、その中国武術を世界中に知らしめた伝説の映画が「少林寺」であった。

あれから29年、

「少林寺」  

再び・・・・。

punch

11月19日、あの「少林寺」が帰ってきます。いよいよ公開です。

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タイトルは「新・少林寺 Sholin」主演は香港の名優 アンディ・ラウ。

そして、今ではその存在価値だけでもカンフー映画が成立するであろうハリウッドのアクションスター ジャッキー・チェン。

ここ数年、パッとしたカンフー映画がなかっただけに、今回の作品には期待を寄せています。

本音を言えば、前作主演のジェット・リーが主演でなくてもいいので、再び絡んで欲しかったところですが、そこはジャッキーが出演しているということでヨシとしましょう。カンフー映画としてのランクも充分上がってるし。

65425594_v1320837062 29年前の「少林寺」公開時は、とにかく「少林寺便乗作品」が多くて困りました。「少林寺~~」とか「~~少林寺」とか。星の数ほどありました。そのほとんどが駄作であり、純粋なカンフー映画ファンからすると、見てはいけないカンフー映画でした。

これを全部見ていると、もうキリが無いんですよ。ひどい作品はホントにひどいです。

前作の「少林寺」は中国武術チャンピオン達を招集し、アクションに次ぐアクションという感じの内容でした。今作は、アンディ・ラウが主演ということを考えると、おそらくストーリー重視の作品ではないかと思われます。

いづれにせよ久々にオフィシャルな?「少林寺」映画です。

これは観に行かねば!

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2011/11/05

MD的な韓流。

食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、泉アキ。

こんばんわ。ここんとこ暖かいですね。仕事しててもジワッと汗が出てきました。

前回はDEEPな内容で「コメント0件」をめざしていたのですが、かめはめはさん、バタコさんより、2件もいただきました。実にありがたい事ですね。

今回も、「コメント0件」をめざす内容です。バイク系の内容にはみなさんコメントをくださるのですが、格闘系は内容がマニアックすぎて、なかなかコメントは付けにくいですよね。

スルーでいいですわ~。

でも好きだからしょうがないんですよ。

punch

さて、「今は韓流ブーム」だと言われ始めて一体どれくらいの月日が経ったんでしょうか?

記憶ですと「冬のソナタ」ぺ・ヨンジュンから始まって、現在のK-POPブームに至っているのではないでしょうか?

でも、私にとって「韓流」、「韓国」と聞いて、真っ先に浮かぶのはやはり「跆拳道 テコンドー」になってしまうんです。

今日は「秋の格闘特集第二弾」として、この「跆拳道」に軽く迫ってみたいと思います。

punch

「跆拳道」の歴史は以外にも浅く、1950年代、日本の松祷館空手を学んだ韓国の留学生チェ・ホンヒ先生が広めたのが最初だと言われております。

2000年シドニーオリンピックの正式種目にもなった事があり、テコンドーという名は世界に知れ渡りました。

テコンドーは大きく「国際連盟」、「世界連盟」と二つの団体に分類されます。いづれもポイント制の闘いですが、若干ルールが異なります。国際連盟側は手足のみ防具を付けて顔面攻撃をOKとしています。一方、世界連盟は、顔、手足、胴までも防具を付け、拳による顔面攻撃は禁止としています。突きによるポイントは低く設定されており、必然的に足技中心の闘いとなり、観る人は「足ボクシング」と呼ぶ人もいます。

共通点としては、いづれも下段への攻撃が禁止されていることでしょうか。

テコンドーは完全に足技中心の武道です。有名な「踵落とし」という技はテコンドーの技だと言われています。

跳び技が多彩で、見た目に派手なので、とてもかっこいいですね。それゆえに、ハリウッド映画に登場する格闘シーンでは、空手よりもむしろ、テコンドーを取り入れている映画が現在では多い印象です。華麗な跳び蹴りは、格闘映画が好きな人を魅了します。

跳び蹴りは、二段蹴り、三段蹴り、四段蹴りまでもできる選手がいて、その身体能力には驚かされます。

また、テコンドーは跳び廻し蹴りに独特なネーミングを入れています。公式では無いかもしれませんが、廻し蹴りの回転角度で呼ぶんですね。例えば体を一回転させて蹴る技は「360°蹴り」、さらに一回転半の場合は「540°蹴り」と呼ばれます。最高で「720°蹴り」というのを見たことがありますが、もう超人的です。

では、実戦的に考えるとテコンドーはどうなのでしょうか?自称最強格闘技評論家である私、MD的に研究してみました。

テコンドーの試合を観ますと、やはり思うのは、技の派手さです。これは逆に実戦を考えるとマイナスとなります。動きが派手ですと、その動きは相手に読まれやすくなります。

特にテコンドー最大の特徴、跳び蹴りは、実戦になると有効ではなくなります。一度跳んでしまうと、あとは重力に任せた軌動になってしまうので、着地した瞬間が最大のスキとなります。ゆえに他の武道では、跳び技はあまり好まれていないようです。

ただ、相手を翻弄するという意味では、テコンドーの跳び技はとても優れていると思います。

跳び技で相手を翻弄しながら、地味な前蹴りで仕留めるという闘い方であれば有効かもしれません。

もう一つ気になる点は、試合中、両手がほとんどノーガード状態になっていることです。蹴り技中心なのでバランスをとるために手の動きは重要なのですが、やはり、実戦を考えると正中線は常に守っていないと危険だと思います。

かつて、ピア・ゲネットというテコンドーチャンピオンがK-1のリングに上がったことがあります。今は亡きアンディ・フグと対戦し、「踵落とし対決」として話題となりました。でも残念ながら、正直言って、アンディの相手ではありませんでした。

「テコンドー対テコンドー」では通用するのですが、異種格闘技戦となるとやっぱ歴史の重さなのでしょうか、空手に軍配が上がると思われます。

技の華麗さで格闘ファンを魅了する「跆拳道」。逆にまだ歴史が浅いだけにこれから発展する可能性を大きく占めています。「跆拳道」が空手やK-1の闘いで、対等に渡り合える日も近いのかもしれません。

最後に、格闘ファンなら、誰もが絶対に気になっているはずの、あのCMをご一緒に見ながら、ごきげんよう さようなら。

P.S.

これがテコンドーです。ハイキックすごいですね。「540°蹴り」も華麗に決まってます。

この女性は、韓国の女優さんで、キム・ギョンスクさんという方だそうです。現在、彼女が出演の韓国映画「THE KICK」が話題らしいです。

でも、日本で公開されるかは、まだ未定だそうです。

見たいでしょ!あなたも!

Thekick_04

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2011/09/08

少林寺拳法のススメ 2

9月に入り、「土日操業、木金休日」も今月いっぱいを残すのみとなりました。

仕事のほうは、やってみれば特に問題もなく、操業できました。でも、実生活のほうは、やはり、町内の活動などは土日に行なわれるため、活動を休んだりしなくてはならず、自治会長に嫌な顔されなくてはなりませんでした。しょうがないでしょ!

まあ、もともと自治会長とはあまり馬が合わなかったので、何を思われようとも何の痛手もありませんけど。

そんな中、今日は、奥さんも休みを取り、久々に二人での休日となりました。

午後、またしても今度は奥さんと地元のドン・キホーテに行きました。

好きだねぇ。

で、また買いました。

8_024 今度は「うまい棒 ミックスセット」です。安くていい買物をしました。背景のLEE先生は無関係です。

しっかりベンリィにも乗ることができ、今日はいい休日でした。

sun

さて、先日は、バタコさん(少林寺拳法 三段)が少林寺拳法演武全国大会に二度も出場していることをカミングアウトされ、私としても心中穏やかでない状態ではありますが、自称「最強格闘技研究家」改め、自称「最強格闘技評論家」として少林寺拳法の秘密に迫ってまいります。

バタコさん(少林寺拳法 三段/全国大会二回出場)を前にして初段(鼻タレクソガキ)の私が少林寺拳法について語れる立場ではなく、失礼かと思いますが、私も元々失礼な男なのでそれもヨシとしましょう。

ちなみに私個人の名誉のために書いておきますが、諸事情により二段取得を諦めたのであり、実力的には、先生から二段のお墨付きはいただいておりました。(それでもバタコさんの三段にはかないませんわ。)

では今日は、少林寺拳法のその驚くべき技術について考えていきます。

http://www.youtube.com/watch?v=7x5AR9OHJAk&feature=player_embedded

少林寺拳法の技には、「剛柔一体」という最大の特徴があります。「剛法」とは突く、蹴る、など激突することで相手を倒す技のことをいいます。空手、剣術などがそれにあたります。「柔法」とは、相手と接触した状態から変化を起こし、相手を制する技のことをいいます。柔道、合気道などがそれにあたります。

「柔よく剛を制す」という柔道の言葉が有名ですが、相対して「剛よく柔を断つ」という空手の言葉も存在します。少林寺拳法はその両方を兼ね備えた技ということになり、その剛法と柔法が実に巧妙に組み合わせて作られおり、それらの技は決して独立しておらず、剛柔が融合しているんです。

簡単にいうと「どのような状況からも対応できている。」と言えるでしょう。

では、少林寺拳法の剛法からその特徴をお話しましょう。

少林寺拳法の道場には、空手上がりの入門者が非常に多いという事実があります。その彼らが少林寺拳法の有段者クラスと相対した時、まず驚くのは少林寺拳法の突き、蹴りの速さなんだそうです。実際、格闘技を科学的に検証した書籍等のデータを見ると、少林寺拳法の突きのスピードはどのデータを見てもトップです。でもそれは少林寺拳法の理論に基ずく事なので当然の結果だといえます。

空手の正拳突きを例に取って考えてみましょう。空手の正拳突きは腰に拳を構えた状態から肘を背中の後ろに引き、パワーを溜め込みます。そして、相手にダメージを与えるため正拳の状態に拳をひねりながら拳一点に力を集め、そのパワーによって相手を倒すのが空手の正拳突きです。もちろんその拳は瓦を割るほどに鍛えられており、その威力は想像を絶するでしょう。

それに対して少林寺拳法の突きはどうでしょうか?少林寺拳法の中段構えでは、拳は腰ではなく胸前に構えます。その状態から腰の回転だけで突きに入ります。空手のように拳を引く動作はしません。その時点で既にスピードでは空手に勝っています。そして少林寺拳法は縦拳です。拳をひねる動作はありません。ここでもスピードのロスはありません。

でも、これでは明らかに空手よりパワーが無く、相手が倒れないのではないか?という疑問が湧きます。

ここからが少林寺拳法の恐ろしい所です。少林寺拳法では経絡ツボという物を勉強します。つまり人体の急所に値する部分です。少林寺拳法の突きはパワーこそ空手に劣りますが、その人体の急所を最高速にして最短距離、そして最適な角度をもって突くことにより人間を確実に倒せるように考えられており、そのように訓練します。まさにそれはピンポイントと呼ぶにふさわしいでしょう。

人間を倒す時、急所を的確に突けば、必要以上のパワーは必要無いんです。非力な女性でも、大の男を倒すことが可能になります。

更には瓦を割る程に拳を鍛える必要もありません。開祖は、「瓦を割りたかったら、私なら金槌を使う。」とおっしゃっていました。

そして、空手の突きは相手に当たった後、拳を突き抜く動作をします。空手が「一撃必殺」と言われる所以は、ここにあるのかもしれません。

それに対し、少林寺拳法の突きは、相手に当たった後、拳は即座に基の構えの位置に引く動作になります。相手が倒れた、倒れなかったに関係なく、次なる攻撃に備えるわけです。ここも空手との相違点となりますね。

8_025 いろいろと書き込まれた当時勉強していた少林寺拳法の入門書。私の一生の中で「勉強」というものをしたのは、この時とフォトグラファーをめざしていた時だけです。

蹴りも突きと同じく、人体の急所を的確に捕らえるように訓練します。少林寺拳法の訓練では、防具を着けて実際の急所に突きや蹴りを当てて練習することを推奨しています。もちろん寸止め形式での練習もしますが、普段から当てていないと、実際にそのような場面に遭遇した時、当てることが出来きなくなると言われていますので、基本は当てることになります。

急所攻撃ということで、少林寺拳法がいかに危険で実戦的な技かということをご理解いただけたでしょうか。

そしてあまり知られていませんが、少林寺拳法は他の武道やスポーツと全く異なる点がある事もないがしろにすることはできません。

少林寺拳法では、他の武道やスポーツでは御法度とされている、目への攻撃、金的への攻撃があり、その練習も行なうんです。半端では無く、完全に人を制する技だということがここでも解ります。「金的攻撃なんて汚い!」って思う方もいるでしょう。でもストリートの闘いにおいて、「汚い」とか言っても通用しませんね。

そこが少林寺拳法の凄い所なんです。

ちなみに少林寺拳法では138個の急所(経絡ツボ)を使って人を倒すと言われております。この経絡ツボ、柔法によっても使用されます。そう、まだ少林寺拳法には柔法があるんです。

さて、その少林寺拳法の柔法、その特徴は、簡単に言うと手首を極めるところにあります。相手に掴まれた要用な箇所から、相手の手首を極めて動けないようにするのが特徴です。

もちろん投げもありますが、柔道の投げとは異なり、手首を極めた状態で投げる技になります。柔道では投げて「一本」で勝ちとなりますが、少林寺拳法は投げて終わりではなく、後があるんです。それが「極める」ということです。手首を極められた相手は、激痛を伴い動けなくなります。人体の急所を攻めているので根性で我慢できる痛さではありません。

そしてまだ終わりではありません。最後に「当身」と呼ばれる物を急所に入れ、相手の戦意を完全に喪失させます。

この柔法も、「手首をつかまれた場合」、「腕をつかまれ場合」、「胸ぐらをつかまれた場合」など、ありとあらゆる場面を想定して巧みに考えられており、技のすべてを習得したら凄いことになると思います。

http://www.youtube.com/watch?v=ruEXbc9yCXc&feature=player_embedded

森先生の柔法すげーっ!

画期的とも言えるこれらの数多い少林寺拳法の技、そのすべての技は相手の攻撃を受けるところから始まっています。これを「守主攻従」といい少林寺拳法の大原則となっています。敵を倒すことが目的ではないのと、その技の性質が「相手のスキを見つけて攻める」ところに極意があり、そのためには「待つ」ことも必要になってくるのです。

以上、この場では到底語り尽くせない少林寺拳法の凄さの一部を語らせていただきました。

最後に、私が何故数多い武道や格闘技の中から「少林寺拳法」を習得しようと思ったのか?格闘技ヲタのあなたなら既にお気付きかもしれません。

あのLEE先生があみ出した拳法「截拳道 ジークンドー」。その理念が少林寺拳法に実に酷似しているのです。技の細かい内容こそ違いますが、そのプロセスを考えると「打つ → 投げる → 極める」この一連の動作は、少林寺拳法と同じです。

更に截拳道は、目打ちと金的攻撃があり、拳も縦拳を推奨しています。

また、正中線を守るような構え方も似ています。

Img_414178_2904241_9 「少林寺拳法を習えば、少しはLEE先生に近づけるかもheart04」という安易な発想から私は少林寺拳法を習いました。

でも、私はLEE先生に近づくことができませんでした。なぜなら、

LEE先生は偉大すぎるからです。私のような人間がLEE先生に近づこうとか思ってはいけないんです。

LEE先生、私を蹴って下さい!

でも、ジェームス・ティエンには勝てる気がします。(かなりマニアックな発言です。)

ジェームス・ティエンを知りたい方は「ドラゴン危機一髪」を見てください。movie

すいません最後がこんな終わり方で・・・。

「少林寺拳法」の教えには、「修行は苦行であってはならない。」というのがあります。修行する人は、自分の体力の応じて楽しく修行をしましょうということです。もちろん拳を鍛えることはありませんし、練習で疲れたら休憩するのも自由なんです。優しいでしょ!

でも、技は一流です。長い人生の中、一度経験するのも悪くないと思います。

ああ、そういう私は、極真空手ファンですし、スポーツであるボクシングやキックボクシングも大好きです。少林寺拳法に限らず格闘技を経験することはマイナスにはなりません。格闘技を「暴力」と勘違いする方がよくいるのですが、そういう方にこそやってもらいたいですね。暴力と格闘技の違いがあからさまにわかります。

では、長文、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

合掌。

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2011/09/02

卍 少林寺拳法のススメ。

台風12号接近中です。お気をつけください。

そんな感じで外に出られないので、ベンリィにも乗れず、ストレスが溜まります。

そういう時は体を動かしましょう!今日は自宅でトレーニングです。

さて、先日、バタコさん(少林寺拳法 三段 ちょっとジェラシー)と共に「少林寺拳法」の凄さを提唱しました。今日はその「卍 少林寺拳法」についてお話しましょう。

私は高校時代の三年間、少林寺拳法を学びました。篭球部の部活動と両立して町道場に通っていましたので、この三年間は実にハードな三年でした。毎日夜7時まで部活をおこない、「月・水・金」は、そのまま7:30からの道場に通い、9:00まで練習、その後10:00まで自主練です。今考えるとよくやってたなぁと思います。すべてはLEE先生に少しでも近づく為なんですけど・・・。

過去、自己紹介などで「少林寺をやっていました。」と言うと「酔拳をやってくれ。」とかよく言われていました。でもこれは大きな間違いです。少林寺拳法は中国拳法ではありません。確かに源流は中国武術にありますが、日本人である開祖「宗 道臣」先生が日本で発展させた拳法なので、中国拳法のそれとは全くの別物になります。

849ffc6884802ca156be46c9e6c7118f このお方が開祖 宗 道臣 先生。この貫禄は只者ではありません。

では何故、私もバタコさんも「少林寺拳法は凄い!」と言い張っているのか?

それは、少林寺拳法の技を痛い程味わっているからです!

いやいや、そうじゃありません!

それは他の武道やスポーツとは全く異なる所に修行をする目的があり、それは途轍もなく深いものだからです。

少林寺には「試合」というものがありません。いわゆる「勝った、負けた」という優劣はないんです。「じゃあ、少林寺拳法って大した事無いじゃん。」と受け止める人もいるでしょう。

でも、実はここにその凄さが隠されているのです。少林寺拳法に「勝ち、負けは無い」といいましたが、それについて開祖はこう唱えています。

「少林寺拳法における”負け”は”死”を意味する。」

少林寺拳法の想定する闘いの場面は、「ストリート」に限定されています。相手は暴漢あるいは無法者。それから身を護るための護身の術、そこに勝負を決める必要は無く、そこに暴漢がいても、その暴漢を倒す必要はなく、むしろ逃げる隙をつくったり、また助けが来るその時間稼ぎができればそれでいいという考えです。

かっこつけるなら映画みたいに暴漢をやっつけたりするんでしょうけど、現実的には、そうはいきません。かっこつけて逆に刺されて殺されでもしたら、全く「護身」の意味はありませんもの。

少林寺における勝負とは生死を分ける究極のものになってしまうのです。

他の武道やスポーツと、「闘う」という行動においては同じであっても、少林寺拳法は既に目的が違うんですね。逆に言えば、他の武道やスポーツはポイントを稼ぐ為の闘い、少林寺は自らの身を護る為の闘いといえるでしょう。

そうはいいましても、その少林寺拳法の護身の技術というものはある意味恐ろしい技であり、有段者であれば拳ひとつで人間を死に至らしめることもできるでしょう。少林寺拳法の技は、女性であっても、ほぼ100%の確立で人間を倒せるように考えて作られています。技術的な特徴はまた次回お話するとして・・・。

ここだけを聞くと「少林寺拳法ってヤバいんじゃない?」って思うかもしれませんが、少林寺拳法のすばらしい所はここからです。「拳」という物は、扱う者によって殺人拳にもなり、活人拳にもなります。

少林寺拳法は、この後者「活人拳」を扱う人間を作るために修行をするところです。道場では、武術的な練習の他、このような精神を勉強する学科も行なわれます。

「肉体的にも、精神的にも優れていて、それを両立させた人間こそが人格者と呼ばれる。」これを「拳禅一如」といい少林寺の教えになっています。「拳」は「体」を意味し、「禅」は「精神」を意味しています。

「肉体と精神は一つの如し」

このように少林寺拳法は、ただ単に武術的に強い人間を作るのではなく、すべてにおいて強く、負けない人間をつくるのが目的なんですね。

実際、私が、その学校環境から、喧嘩に強くなりたくて始めた少林寺拳法だったわけですが、少林寺拳法の技を習得する度に「喧嘩という闘いが、いかに次元が低い闘いなのか。」と考えるようになり、全く喧嘩に興味がなくなりました。

それもそのはずです。究極の喧嘩の技を訓練しているわけですもの。

「少林寺拳法」、今回は精神面の部分から迫ってみました。でもこれは少林寺拳法の特徴の一部に過ぎません。ここだけでは語り尽くせないほど、深い理念の基に作られた拳法が少林寺拳法なのです。

Shorinji2 次回は、少林寺拳法の技法からその特徴に迫ります。少林寺拳法の技には驚くべき事実が隠されており、また「何故、私が少林寺拳法を学んだのか?」ホントのその理由も明らかになります。

では次回までごきげんよう。

合掌。

8 少林寺拳法には試合は無いのですが、「演武」と呼ばれる「技の正確さ、速さ、美しさ」などを審査する大会はあります。私が1983年、その県大会に出場した時の記念メダルが残っていました。懐かしい。

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2011/08/19

連休最終日は?

連休最終日の今日、明日から仕事ということもあり、体力温存という意味で、家の掃除だけやって後は休養にしました。

連休中は特に「お出かけ」等はせず、体力づくりの自転車、落ちぶれた精神の一蹴で突き、蹴りの練習、そして読まずに溜まっていた武術系の本を読んで、心と体を鍛えることに終始したという感じでした。

(レベル的にはかなり低いですが。)

最近は歳なのか、なかなか本の内容が頭に入ってこないんですよ。

集中力の無さでしょうか?

脳の衰退でしょうか?

もともと本なんて読まないので、慣れてないってのもあるんでしょうかね?

いやはや、歳は取りたくないもんですな。

bearing

それでも最近、やっとの思いで、KARAのメンバーを覚えました。

でも、少女時代のメンバーを覚える自信はありません。人数多すぎます。

(何を覚えようとしてるんだよ。)

ああ、ちなみに今回勉強した武術というのはこちら

8_018 「古武術」。日本人として産まれ、日本人として生きてきた45年。日本人にとって「身体」、「精神」とは何か?自称格闘技研究家として、日本古来の武術からそのヒントをつかもうと考えたわけです。

もちろん技術的な事は本で習得できる物ではありませんので、思想と原理についての勉強です。

やはり深いですね。昔の人達は凄いです。

このようないろんな格闘技や武術を勉強して思うのは、やはりLEE先生の凄さです。LEE先生はホントにあらゆる武道、格闘技を研究しています。それは技術に留まらず、精神面においてもいい物は吸収し、取り入れているんですね。

そしてできたのが「截拳道 ジークンドー」というわけです。

そうそう、以前、V6 岡田君の「SP」を観て「あれ?」と思ったんです。そう、岡田君がアクション・シーンの随所で見せる技が、「截拳道」の動きだったんです。自称格闘技研究家の私がそれを見逃す訳もなく調べてみたんです。

やはり岡田君の師匠は「截拳道」 正統後継者 中村頼永さんでした。ただその技は、フィリピン武術、「カリ」という物でした。中村さんの師匠はダン・イノサント氏という「カリ」の達人です。

イノサント氏はLEE先生の友人であり、LEE先生亡き後、「截拳道」を継承した人物で、LEE先生にヌンチャクを伝授した事でも有名です。

当然のことながら「カリ」の技も「截拳道」に取り入れられており、逆に「截拳道」を「カリ」に取り入れているようにも見えました。

それがわかった以上、自称格闘技研究家としては、映画化された「SPシリーズ」も見ないわけにはいきません。

1289357544_1 連休中、「SP 野望編」DVDレンタルが全部貸し出し中になっていたので、近々レンタル開始になりそうな「SP 革命編」とあわせて借りようと思っています。

それにしても岡田君、あの動きは、多分マジで練習してると思います。

これだけ武術映画を観ていると、アクション映画を観た時、出演してる俳優さんがどれだけ武術の技量が有るかが有る程度判ってしまいます。

これはちょっと自慢です!

まぁ、自称格闘技研究家ですから!あくまでも自称です。

ああ、岡田君のアクションは◎でした!小柄ですが実にいいアクションしてます。

連休に勉強した事、果たして役に立つんでしょうか?

とりあえず、明日から仕事に精進しますわ。

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